エリアスに与えられた部屋は広く豪華で、風呂もトイレもリビングも、台所以外の設備が一揃いあった。その代わり本もテレビも新聞も、暇を潰せるものは何一つ無かった。部屋の前に置かれる食事と、毎晩必ず来る男に与えられるものだけが、一日に与えられる刺激の全てだ。ごくごく最近まで、男の他の人間に会うことは堅く禁じられていた。
男の友人たちには何度か挨拶をさせられたが、ほんの短い間のことだった。上から下まで舐めまわすように値踏みするような目つきだけが不快だったことを覚えている。
部屋には窓がない。ドアだけが唯一外界に繋がる手段で、内側からは絶対に開けることができなかった。何をしても開かないことは何度も何度も何度も、両手の爪が剥がれても何度も試したから確かだ。どうしてそんなことをしたのかは今では分からなくなってしまったが。
ここへ来た当初はとても夜が怖かった気がする。何か恐ろしいものが毎晩毎晩ドアを開けてやってきて自分が壊されることに怯えていた。ドアが開かないように必死で押さえていた日の夜の記憶はすっぽりと抜け落ちているが、それをしてはいけない、ということだけは身体に刻み込まれていた。
夜に起きて男の相手をして、気絶するように眠って、また夜に目覚めるような生活をしている。日の光を長いこと浴びていない。時計はあったがカレンダーはないから、来てからどれくらい経つのか分からなかった。男が来る度つけていたベッドの傷跡は削り取られてしまった。部屋の物を傷つけてはいけないのだとこの時に学んだ。
最初のうちに与えられていた勉強道具は眠っているうちに棄てられてしまった。たぶん内緒で日記をつけていたのがいけなかったのだろう。
悪いことをすると滅茶苦茶にされて放置された。怪我をさせられり痛みを与えられるよりもつらかった。それももう遠い昔の話だ。
ミヒャエルがこの屋敷に来て、生活が変化した。1ヶ月に一度、ミヒャエルに会えるのが新たな、そして最大の楽しみだった。男のことももちろん愛しているが、ミヒャエルへの友情には適わない。なんと言っても彼は一番の親友だからだ。それを正直に話すとなんとなくミヒャエルに会えなくなるような気がしているから、男には言わないことにしている。その代わりに感謝の言葉と愛の言葉を述べると男は嬉しそうにした。そのたびに、次の日には指一本動かせなくなるまで抱かれたが、ミヒャエルに会えるのならそれでいいと思った。彼の元気な姿が確認できるならなんでもよかった。
本当はミヒャエルにはこの屋敷から早く出て行って欲しいと思っていた。男に見せられる映像の中ではいつもミヒャエルは辛そうだからだ。こんなところにいてはいけない、と思う。男はとても良い人なのに、どうしてそう思うのかはよく分からなかった。たくさん優しくしてくれるし気持ちよくしてくれるし可愛がってくれるのに、ミヒャエルには会わせたくない。ここはいいところで外に出ようとすると怖いことが起こるはずなのに、ミヒャエルには外で幸せに暮らして欲しい。最近ミヒャエルと男のことを考えるとひどく頭が混乱するのだった。心の中ではどうしてもミヒャエルを優先してしまうのだけれど。
今日はミヒャエルに会えると聞いてエリアスは快哉を上げた。この日をずっと待っていた。今日が何年の何月何日なのかはわからないが前回から1ヶ月ほど空いているのだろう。元気だといいな、とふわりと笑った。




久しぶりに会ったミヒャエルはエリアスの顔を見るなりぱあっと明るい笑顔を浮かべた。最近のミヒャエルはとても明るい。いっそ不思議なくらいに。このところいつもこんな調子だった。
明るいのに反比例して口数が随分と減った。再会してすぐの頃は外の話や学園の話をたくさんしてくれたのに、最近では一緒にいる間ずっと抱きついて嬉しそうに笑っているだけだった。痛いくらいの強さだったけれど、ミヒャエルが幸せならそれでよかった。会うことが許された時間が過ぎて、引き離されそうになるとこの世の終わりのように咽び泣くから、また会えるから待っていてね、と懸命に慰めた。
ふとした拍子に、ミヒャエルの纏っていた大きめのカーディガンがまくれあがった。白い腕の内側にいくつか散らばっている、注射の痕のような小さな青い痣がひどく鮮明に映った。痛くないのかな、とぼうっと見つめる。
えりーだいすき、と嬉しそうに抱き締めてくる親友の腕の中で、エリアスは首を傾げながら思考を巡らせていた。



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