白い身体はぼんやりと揺さぶられるだけで面白味が無い。あ、あと開かれたままの唇から喘ぎ声が漏れる以外は精巧な人形を抱いているようだった。やはり薬が強すぎたか、と内心で舌打ちをする。時間をたっぷりかけて自分好みになるよう愛玩してきたエリアスとは違い、来客用のミヒャエルは客の好きなようにさせてきた。当然のこと限界も早い。
それでも以前までは泣いたり嫌がる素振りを見せることがあったが、今では反応が無さすぎてつまらない。少しは興が乗るかと思ってエリアスを連れてきてソファに座らせ、目の前でミヒャエルを抱いてみたが、思ったほどの反応は無かった。エリアスの方は風邪でも引いたのか体調が悪いと言っていたし、実際ぼうっとしているように見えたから仕方がないだろう、今日は日が悪かったのだ。後で診てやることにしよう。
ミヒャエルの方はもう限界だろう。来客用に新しいものを買ってこなければ。彼は友人の誰かにでも譲ろう。エリアスには故郷に帰したと言ってやろう。きっと喜ぶはずだ。ここから解放するという約束は守る。何一つ間違ったことは言っていない。
「あ、あは、」
ミヒャエルが大きく口を開けて嬉しそうに笑った。緑の隻眼が男の後ろを見つめている。
何だろう、と不思議に思った男の身体に、白くほっそりとした腕が巻き付いた。どこか甘えるような、緩やかな動きだった。
ミヒャエルが笑っているのは親友の顔を近くで見たためだろう。急に締め付けが強まって、追い立てられるように男はミヒャエルの中に欲望を吐き出した。深く息をついて舌なめずりをする。今のは悪くない、と思った。誰かに譲る予定だったがまだ他に使い道はあるかもしれない。もう少し遊んでやろうと細い腰を掴んだ。ミヒャエルの躯がびくりと反応を示す。
甘えるように、そしてミヒャエルから引き離して自分の方に男の身体を引き寄せるようにほっそりした腕に力がこもる。
見せられるだけで待ち続けることに我慢出来なくなったのか、それとも友人に嫉妬したのだろうか。何にせよ可愛らしいわがままだ。従順な彼にしては珍しいこともあるものだ、と思う。男は下卑た笑みを浮かべた。あとでたっぷりと可愛がってやろう。彼にはミヒャエルとは違った楽しみ方がある。まだまだ手放すつもりはない。
もう少しだけ待っていなさい、と優しく声を掛けるために口を開いた。
「げ、ぐ」
ごぼり、と開かれた口から真っ赤な塊が溢れた。首の後ろと背中が激しく熱かった。振り返ろうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。全身から血の気が引いていくのがわかる。けたけたと調子の外れた笑い声が聞こえる。
ぐ、と深く刺し込まれていた何かが抜けるのと同時に、勢い良く大切なものが身体から噴き出していった。
男が最後に見た物は、狂ったように愉しげに笑う隻眼の少年だった。




三十数カ所刺したところで、三本目のナイフが駄目になってしまった。血と脂で刀身がぬるぬるしていた。
自分の荒い息遣いと、ミヒャエルの愉しそうな笑い声が聞こえる。華奢で非力な身体にはとんでもない重労働だった。ミヒャエルが楽しそうだし頑張った甲斐はあったかなと思う。最近の彼は専ら楽しそうだったけれど。
「ええと」
後は何をすれば良いのだったか。
困って髪をかきあげると、白い掌がべっとりと血で染まった。
自分の身体を見下ろす。全身が真っ赤だった。髪にも頭にも大量の返り血を浴びていて、まるでペンキでも被ったみたいだった。
エリアスは人を殺した。ナイフでたくさん突き刺して殺した。
「そっか、」
そう、人殺しは死ななければいけない。当然の摂理だ。次にやることが見つかって安堵する。きちんと死ななければいけない。うまくできたな らきっと旦那様に褒めてもらえるだろう。想像すると楽しくなった。
首にナイフを押し当てた。ひやりとした感触がする。自分の細い頸なら簡単に切れるだろう。
ちゃんと旦那様のお側に行けるといいな、と思い目を閉じた。あの世でもたくさん可愛がってもらおう。ぐっとナイフに力を込めた。
「わ、」
どん、と身体に強い衝撃を受けて目を見開く。ぎゅう、と強い力でミヒャエルに抱きしめられていた。
自分より背の高い彼に抱きつかれた拍子に、ナイフが手から滑り落ちた。カラン、と高い音を立ててナイフが落ち、床に赤い模様を描く。
エリアスは瞬いた。ミヒャエルの表情を伺おうとしたが、肩口に顔が埋められていて適わなかった。彼の真っ黒な、少し長くなった髪がくすぐったいと思った。
「ミヒャエル?」
彼の名前を呼んで問いかけても、どうしてだか答えてくれない。困ってしまった。
これでは自分の首を切ることが出来ない。なんとかナイフを拾い上げようともがく。放して、と言ったけれどミヒャエルは拘束を強めるばかりで、言うことを聞いてくれない。甘えるのはべつにいいけれど今じゃなくてもいいのに。
「ねえミヒャエル、お願いだから少しだけ待っていてくれないかな。僕が旦那様に置いて行かれてしまう」
宥めるように言うと、逆に抱きしめる力が強まった。背骨が折れるかと思った。あまりの力強さに息が止まる。

「エリー」

芯のあるしっかりした声が耳元に届いた。懐かしさに胸が締め付けられた。その声に自分の名前が呼ばれるのをずっと待っていたような、そんな気がした。身体から一気に力が抜けた。そうするのと前後するようにミヒャエルが腕を緩めたので、エリアスはぺたりと床にへたり込んだ。
「あは、」
ミヒャエルは屈み込んでナイフを拾い上げると、愉しそうにきゃらきゃら笑いながら窓の外に投げ捨ててしまった。エリアスに抱きついたせいでミヒャエルの身体もところどころ赤く染まっていた。
なんだ、ナイフで遊びたかったのか。それなら自分の用事が済むまで待ってくれてもよかったのに。どうせすぐに済んだのに。
やることがなくなってしまった。いや、今からナイフを拾いに行って今すぐ死ねば間に合うだろうか。
そう思って窓の外へ出て行こうと思ったエリアスの腕をミヒャエルが強い力で引っ張る。もう、と怒った声を出した。
どうして自分の邪魔をするのだろう。一人で早く逃げてくれればいいのに。エリアスと男が死にさえすればミヒャエルは自由の身なのだから。
エリアスの想いも知らぬげに、ミヒャエルはにこにこと笑う。えりーだいすき、と抑揚の無い声が言う。
「ずっといっしょにいてね」
「一緒に、」
ぼんやりと考える。ミヒャエルがそう言うのなら、そうしようか。この部屋は随分汚れてしまったから、どこか別のところへ。
金がないから、とりあえず金目の物を集めなければ。



ぱちりと目を覚ます。空は少し明るくなり始めていた。鳥の鳴き声が聞こえる。風が吹いて、髪を優しく撫でた。鬱蒼とした森の中で、地面はひんやりと固かった。けれど、昨日の夜抱き合ったまま眠った灰白色の髪の綺麗な友達はちゃんと腕の中にいたから、ミヒャエルはそれだけで幸福だった。誰にも連れて行かれなくてよかった。
草で足をたくさん切って血が出て痛かったし、シーツを被っただけでろくな服を着てこなかったから寒かったけれど、エリアスがそばにいるならそれでいい。小さく寝息を立てる、幼いまろやかな頬を見つめてにっこりと笑う。
「ぼくがきみをまもるからね」
優しく囁いて、抱きしめる力を強めた。とくとくと、規則的な心臓の音が聞こえてきて、幸せな気分で目を閉じる。これからはずっと一緒だ。そう約束してくれた。
少しだけ一緒に眠ろう。もう、恐ろしい顔をした誰かは来ないのだから。



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