仕事帰りのミヒャエルからは女の匂いがする。
特に彼が客を抱いてきた日には、エリアスの機嫌は最悪だ。帰る前に風呂に入って香水や化粧の匂いを落として、何もなかった風を装われても感づいてしまう。自分だって慣れているから、どうしたってわかってしまう。
女の子でもないのに、客の女たちに嫉妬する。ミヒャエルのことなんて何も知らないくせに、女だからって彼に触れてもらえるなんてずるい。ミヒャエルは自分を抱いてくれないのに。泣いて頼んでも子供にするみたいにあやされてしまう。女の子に生まれてくればよかったのに。
そう言う問題じゃないんだ、と何度も言われた。僕にとって君は守るべき存在で、汚したくないのだと。この身体も心もとっくに汚れきっていることはミヒャエルが誰より知っているはずなのに、そんな断り方はひどすぎる。ミヒャエルは意地悪だ。
がちゃ、と扉が開く音がして、走って玄関に向かう。
「エリー、ただいまー」
迎えようとした足が止まる。きつい酒の匂いが鼻腔を刺激した。ミヒャエルの顔は真っ赤に染まっている。そんな顔を他人に見せてここまで帰ってきたのだろうか。そんなことにも苛々する。
こちらの心情も知らず、ミヒャエルはエリアスの身体を抱きしめた。強いアルコールの匂いにくらりとする。
「…お酒くさい」
本当ならお酒なんて飲んではいけない年のくせに、そして客もそんなこと気づいているはずなのに、時折煙草や酒をやらされて帰ってくる。断ればいいのにミヒャエルは馬鹿だ。そんな彼のことが好きでたまらない自分はもっと馬鹿だ。
ミヒャエルはへらりと笑う。顔が真っ赤だ。完全に泥酔している。こんなに酔ってくるのは珍しい。安酒でも飲まされたのか。
「えー、いいじゃない。僕のこときらい?」
「…嫌いなわけない。…好きだよ」
「僕もエリーのこと好きだよ、大好き。世界で一番好きだよ」
ぎゅっと抱き締めてくる身体は暖かくて力強いけれど、きつい酒の匂いがした。強い酩酊感。すき、と言われて高鳴る胸が忌々しかった。
ミヒャエルは酔っ払い特有のへらへらした笑みを浮かべて、エリアスの頭を少し乱暴に撫でた。幸せそうな顔でベッドに向かう後ろ姿を恨めしげに見つめた。
「…うそつき」
どうせそんなこと、誰にでも言っているくせに。




僕はエリーがとても大切だ。守りたいと思っている。
悪趣味で薄汚い金持ちの屋敷から連れ出して遠くへ逃げて、やっと腰を落ち着けた場所で二人きりで住んだ。服屋の仕事だけでは心許ないから、身体を売って生活している。子供で学歴もない僕たちにはそれしかなかった。本当はエリーには今すぐやめてほしいのだけど。
本音を言えば、エリーのことは恋愛的な意味でも大好きだ。愛している。でも、エリーを幸せにできるのはきっと僕じゃない。長いこと屋敷に監禁されて非道い目に遭わされてきたのだから、とびきり幸せにしてあげたいのだ。いつかエリーを幸せにしてくれる誰かが現れるまで、大事に大事に守ってあげたい。出来ればエリーに似合うような可愛い女の子がいい。百歩譲って男でも、エリーが選んで、僕も納得のいくような男なら一発殴って許してあげるつもりだ。
身体を売る仕事だって早く辞めさせてしまいたい。僕一人で十分だ。身体によくない、なんてのは建前で、他の男に抱かれてくることに少なからず嫉妬している。仕事を辞めてよ、と頼んだらじゃあ君がしてよと泣かれたから、もうその話はしないけれど。
愛しているからこそ抱きたくないのだと言ったけれどわかってくれない。エリーが僕を好きだと言うのはただの刷り込みみたいなものだ。僕みたいに擦れた、見ず知らずの女を抱くような男と一緒になっちゃいけない。
「ん…?」
なんとなく違和感を覚えて目を開ける。頭がまだぼんやりしていた。ぼうっと目の前でちょこんと座っているエリーを見つめる。え、あれ?
え、と目を疑った。目の前のエリーはレース付きの白いブラウスを着て、ふわりとしたスカートを穿いていた。今のエリーは髪が長いから、とても綺麗で儚げな女の子にしか見えない。仕事に行く時の格好だ。でも、どうして今。
エリーはにっこり笑うと、小さな頭を僕の足の間に埋めて、僕のものを口に頬張った。ひ、と変な声が漏れる。引きはがしたいけれど急所を押さえられているからそうもいかない。ん、ん、と甘い声が聞こえて身体がカッと熱くなる。ぬるりとした粘膜が不覚にも気持ち良い。
「き、君、なにしてるの」
「ん…、気持ちいい?」
こてり、と小さな頭を傾けて聞くのがあざとい。おまけに上手い。変な気分になりそうなのを我慢して平気な顔をしてみせる。獣になってしまったら取り返しがつかない。
「全然気持ち良く無いし、それにほら、僕酔ってるし。ね、一緒に寝ようよ」
あやすように笑って言うと、予想に反してエリーはむっとした顔をした。よく見ると大きな瞳がなんとなくとろんとしていて、顔が既に赤い。嫌な予感。
「え、エリー?もしかして酔ってる?」
「酔ってるのはミヒャエルだもん」
口調が微妙に子供っぽかった。ああ、酔っているからこんな蛮行を。納得はいったけど頭が痛い。酔ったエリーを早く寝かしつけないといけないのに、疲れ切った身体は役に立たない。
「エリー、ね、やめよう、君酔ってるからまともじゃないんだよ」
「まともだよ。それに僕はこれでも本職なんだからね」
ちゅ、と音を立てて先端を吸われてくらりとした。小さな舌がつう、となぞるように表面を舐める。じゅぷじゅぷと水音がした。早くエリーの頭を放さないといけないのに、理性を保たないといけないのに、流されてしまいそうだ。
「エリー、駄目、駄目だってば…!」
「ん、む」
「ちょ、もう放し…っ!」
びく、と身体が震えて、僕はエリーの小さな口の中に出してしまった。白い喉が上下して、僕の出したものをゆっくりと嚥下する。エリーはとろりと笑って、おいしい、と呟いた。
「そ、そんなの美味しいわけないでしょ!吐き出してよ!」
不本意ながらそれが不味いということは知っているし、いくら自分のとはいえそんなもの飲ませたくなかった。というか他の客にもこんなことしてるのか君は。エリーに触った男なんてみんな死ねばいい。
白い綺麗な顔が無邪気に笑う。
「おいしいよ。だってミヒャエルのだもん」
「あっ、あー、あー…もう」
酔っ払いの言動なんてまともに聞いてはいけないとわかっているのに、愛しいと思ってしまう自分がいる。こんな台詞、他の客にも言っているはずなのに。だって僕もそうだから。
エリーはふわふわと嬉しそうに笑ったまま、僕の上に跨がった。スカートの下から真っ白な太ももが覗いて、すごく倒錯的だ。本当に綺麗な可愛い顔をしてるから、女の子としてるみたいな錯覚を覚える。
「ね、ねえエリーやっぱりやめよう、後でたくさんキスしてあげるから」
最後の一線は越えちゃ駄目だ、と必死に説得する。僕のもので汚したくない。さっきのことくらいなら、酔ってたから仕方ない、で忘れることもできるから。
エリーは首を傾けてふわりと笑った。天使みたいだと思った。
「だめ」
「ちょ、待っ、…っ!」
華奢な身体が一気に腰を落とした。ずぶずぶと僕の物が入っていくのがわかる。柔らかい壁にきゅうきゅう締め付けられてつらい。我慢しなくてはいけないのに。
「ん、ぅ、…はいっ、た」
僕のものをくわえ込んで、とろけるような笑顔で僕の大好きな子が微笑んだ。大事な大事なエリーが。これが夢だったら良かったのに。罪悪感と愛しさに板挟みになって頭がおかしくなりそうだった。彼とだけはこんなことしてはいけない、のに。
「ふぁ、あ、あん、ミヒャエル、すき、だいすき、すきなの」
「…っ、く、」
きゅうきゅうと僕のものを強く締め付けて、エリーが腰を振る。可憐な桜色の唇からあられもない喘ぎ声が発せられた。甘い甘い声が、ミヒャエル、だいすき、を繰り返す。
脳が浸食されてるみたいで、耐えられなくなりそうだ。僕も好きだよ、と叫んで抱き締めたくなってしまう。そうなったら取り返しがつかない。
「っ、エリーお願い、止まって」
渾身の力で細い腰を掴む。快楽に陶酔していた瞳がぱちぱちと瞬いた。
「ひぅ、…え?なんで?気持ち良くない?」
「え、…そ、そう!全然気持ち良くないしむしろ気持ち悪い!だから止めよう、ね?」
渡りに船だ。本当はすごく危なかったけど、そういうことにさせてもらおう。酔ってるから気持ち悪くなってもおかしくないし。
見る見るうちにエリーの表情が凍り付いて、紅潮していた白い顔が青ざめた。あ、と思う間もなく、青緑色の大きな瞳から大粒の涙が零れた。罪悪感で胸が締め付けられる。制止の言葉を間違えた。まさか泣くなんて思わなかった。
「女の子じゃなくてごめんね、迷惑だよね、…ごめんね」
「ちが、」
「ごめんね、一度だけでいいから」
寂しそうな顔をして、動きが再開する。きゅっと唇を閉じて声を押さえて、焼き付けるみたいに僕の顔をじっと見つめて。そんな顔、させたいわけじゃないのに。
泥酔して僕を襲った訳じゃないんだとやっと気づいた。酔わないとこんなことできなかったんだ。わざわざ女の子の服を着て、僕が抵抗できない時を狙った。僕はいつも彼を拒んだから。エリーはずっと辛かったんだ。大事にしてきたはずなのに、傷つけていた。
疲れてるなんて言ってられなかった。悲鳴をあげる身体を無理矢理起こして、ぎゅっと抱き締めた。触れた身体はすごく熱かった。僕のが入ったまま体勢が変わったせいで、小さな口から押さえきれない声があがる。
涙に濡れた頬を軽く拭った。怒ってないよ、と優しく告げる。
「なんでこんなことしたの」
聞くと、ぽろぽろ涙がこぼれた。しゃくりあげながら、つっかえるように答えが返ってくる。
「…君に仕事に行ってほしくなくて。女の子に取られたくなくて」
「あー…」
好きってたくさん言ったし、一番は君だよって何度も言ったけど、それじゃ駄目だったらしい。いきなりこんなことされて困ったけど、気持ちは分からなくはない。僕だってエリーの客に嫉妬してるから。
はあ、と深くため息をついた。覚悟を決めよう。エリーが幸せならそれでいいじゃないか。僕だってエリーのこと好きなんだし。
僕はそう決意して、小さな頭を両手で包み込んで、舌を絡めてキスをした。積極的に応えようとする熱い舌を捕らえて吸う。少しお酒の味がしたけど、たぶんお互い様だ。
「は、ふ、」
「僕も、君のこと大好きだよ」
噛んで含めるみたいに優しく言うと、青緑色の瞳が戸惑ったみたいに揺れた。僕はにっこりと笑って見せた。
「でもね、明日から仕事をやめるのは君だよ、エリー」
どうせならとびきり優しくして、仕事になんか行けないようにしてあげよう。嫉妬深いのは君だけじゃないんだって教えてあげないと。
――次の日、隣で眠るエリーの幸せそうな顔を見て頭を抱えることになるのだが、これはまた別の話だ。



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