こんなこともうやめにしよう、と前々から用意してきた台詞を吐いた。やっと、言うことができた。緑の隻眼が瞬く。
「エリー?」
ソファーに隣り合って掛けていたミヒャエルが、意外そうな顔をした。エリアスは明るく笑いかけてみせる。練習したときのように、ちゃんと笑えているだろうか。
「だから、こんなこともうやめよう。お互いにとってよくないよ」
「…どうして?僕のこと嫌い?」
「違うよ」
嫌いなわけがない。心の底から君のことを愛している。――そんなことがどうして言えるだろう。金も寄る辺も何もかもなくして、ミヒャエルにやっと拾って貰って長らえている、薄汚れてしまった自分が?
ずっと横からミヒャエルの愛を盗んでいた。ひどいことをたくさんしてきた。きちんと、彼の愛する人に返さなければならない。
理性の部分はそう叫ぶのに、ねじくれた感情が嫌だとだだをこねる。君のことを愛してる、お願いだからそばにいてくれ、とすがりつきたくなる。自己中心的で醜くて浅ましい。そんなことは間違っていると自分でもわかるから、誰にもこんなことは言えない。
荒れ狂う心中を悟られないように殊更明るく笑った。こんな醜い想いなど彼は知らなくていい。ちゃんと逃がしてあげなくては。彼には輝かしい未来があり、そしてそこに自分の居場所はどこにもない。
「だって君、他に好きな人がいるんだからさ。僕なんかと一緒にいたら駄目になるよ」
思っていたより明るくしっかりした声が出て、内心で胸をなで下ろす。彼と離れていた二年の間に培われてきた演技力が役に立った。
ミヒャエルに触れられることで知ってしまった自分の想いに、深く深く蓋をして笑う。エリアスのことを忘れて、愛する人のことを考えてほしい。もしよかったら、綺麗な思い出になりたい。今更、遅すぎるのかも知れないけれど。
「…そう」
やっと絞り出されたミヒャエルの声は、低く暗かった。違うんだこんなの嘘だ、と叫びたくなるのを堪える。自分から望んだことだ。後悔などしてはいけない。
ミヒャエルは顔を深く俯けた。不自然な沈黙が下りる。ひどく不安で、胸がざわめく。
がたりと大きな音を立て、ミヒャエルが立ち上がった。
「え、」
ぐ、と腕を引かれ、引っ張り上げられる。ミヒャエルはエリアスの腕を強く掴んだまま歩き出した。慌てて足を早める。歩幅が違うから何度もバランスを崩しそうになるのに、彼は全く気遣ってくれない。不安で心がざわつく。ついに棄てられてしまうのだろうか。
どこかの部屋の前に着いたところで、ぱっと手を放された。よろけた背中を強い力で押され、つんのめるように倒れ込む。襲い来るはずの衝撃に備えてぎゅっと目を閉じた。けれど、思ったほどの衝撃は無い。
おそるおそる目を開く。エリアスが倒れ込んだのはキングサイズのベッドの上だった。辺りを見回す。見たことのない部屋だ。誰かの寝室だろうか。それにしては使われた形跡があまりないけれど。
「ミヒャエル…?」
自分を突き飛ばした相手を振り返る。今まで見たことがないような冷たい目つきに迎えられた。凍り付いた緑の瞳の中に、ゆらゆらと怒りの焔が揺らめいていた。ぞくりと背筋が冷える。はじめてミヒャエルのことを怖いと思った。
「…君は、本当に馬鹿だね」
静かな、怒りを押し殺した声。呆然と見上げていると、強い力で押し倒された。




細い腰を強く掴んで、がつがつと打ち付けた。肉と肉のぶつかる激しい音が響く。ひっきりなしに高い悲鳴があがる。
愛撫もそこそこに彼の身体を犯した。お互い、服も半端に着たままだ。多少乱暴に扱っても、散々抱かれ慣れた身体はほとんど抵抗もなくミヒャエルを受け入れた。
「待って、や、やだ、激し、あああ…!」
力の限り揺さぶって弱い部分を責め立てると、華奢な身体が呆気なく果てた。ぐったりと余韻に浸る身体を強引に引き寄せる。
「え、え、うそ、だってまだ、…っひ、」
達したばかりの彼の躰を再び深く抉る。ひどく困惑している様子だった。無理もない。以前までのミヒャエルなら、彼の呼吸が整うまでじっと待っていた。この上なく優しくしてあげたかったから。
華奢な壊れ物みたいな躰だったから、きっとこんな風に激しく乱暴に抱かれたことなどないのだろう。ミヒャエルだってずっと、大事に大事に触れてきた。繊細な身体のどこにも傷一つつけたくなかった。
けれどそれでは、ミヒャエルの想いは何も伝わらなかった。それが憤ろしくてならない。
ごめんなさい、ゆるして、と涙混じりに懇願する声は無視した。どうせミヒャエルが怒っている理由なんて分かってはいないのだろうから。
――こんなにも君のことばかり考えているのに、おかしくなりそうなくらい君のことを愛しているのに。エリーは本当に馬鹿だ。
「ミヒャエル、やだ、や、いや、」
いやいやをするように首を振って泣きじゃくるのが子供みたいで可愛いと思った。強く抱き締めて深く口づける。頬を伝う涙のせいか、わずかに塩の味がした。
ぐり、と深い部分を思い切り抉ると、エリアスはがくがくと痙攣して再び果てた。なんて感じやすい身体だろう。愛しさと同じくらいの破壊衝動に襲われる。
最初に触れたのがミヒャエルだったら、きっとこんな乱暴な感情を抱いたりしなかったのに。君のことを大事に大事に愛せたのに。甘やかすだけの、蜂蜜のようにとろけるような甘くて優しい愛を与えられたのに。いっそ、何も知らない頃の彼を強引に奪ってしまえばよかった。
シャツの間から覗く、滑らかな白い身体が桜色に染まって綺麗だった。触れた場所がどこもかしこも熱い。口では嫌だと言うくせに、締め付ける力は強かった。ミヒャエルを逃がしたくないみたいだと思う。このまま溶けて、一つになれたらいいのに。
「あ、あ、だめ、も、しんじゃう、しんじゃ、」
「いいよ」
やさしく囁くと青緑色の目が見開かれた。ミヒャエルに抱かれて死んでしまうのなら、それでもいいと思う。最後の最後までミヒャエルのことで頭がいっぱいになればいい。他の男たちのことなど忘れてしまえ。
ミヒャエルはやさしく笑った。甘い声で愛を囁く。
「愛してるよエリー。もう絶対、君を放さない」
「う、うそ、」
驚きに満ちた声をあげる彼に、にっこりと笑いかけた。ミヒャエルの愛をまだわかってくれないようだ。それならそれで構わない。たっぷり時間をかけて、身体に刻みつけてあげよう。この狂おしいまでの愛が、百分の一でも伝わればいい。
「嘘じゃないって、わからせてあげる」
やさしく囁いて、赤く染まった耳元に唇を落とした。




懇願の声や悲鳴はやがて聞こえなくなって、弱々しい喘ぎ声だけが部屋に響いていた。
細い腕は二人分の体重を支えきることが出来ずに、力なく投げ出されていた。縋るものを探したのか、小さな手がシーツを掴んでいた。ぐったりとうつ伏せた体の中で、ミヒャエルのものが入ったままの細い腰だけが高く上がっていた。
「…っ」
ずるりとミヒャエルのものを抜くと、華奢な躰が震え、くたりとベッドに沈み込んだ。溢れ出したものが白い太ももを伝う。深く息をつくと、力の抜けた身体を抱き寄せるように反転させた。
整った綺麗な顔が、汗と涙と涎でぐちゃぐちゃになっていた。白い頬には涙の筋がいくつもできていた。桜色の唇からは飲み込みきれなかった唾液が伝っていた。表情筋が緩みきった、とろけきった顔だった。愛しくてたまらなかった。
一体誰が彼のこんな表情を想像できるだろう。独占欲が満たされていくのが分かる。彼のこんな顔はミヒャエルだけが知っていればいい。誰にも見せたりするものか。
うっとりと白い顔を撫でると、半分だけ開かれた瞳がミヒャエルを映した。濡れた唇がゆっくりと開く。輪郭の溶けた声がミヒャエルの名を呼ぶ。
誘われるように、小さな身体に覆い被さって夢中で唇を貪った。角度を変える度甘い声が漏れた。唇も舌もとろけそうな熱さだった。何度も唇を吸い続けると、長い睫毛が震えて彼の全身から力が抜けた。
気を失った身体を強く抱きしめた。腕の中にすっぽりと収まる小さな身体。決して放すものかと思う。
彼の部屋を変えることにしよう。人目につかないところがいい。もう使用人にも家族にも会わせない。ミヒャエル以外の人間に会う必要などない。ミヒャエルの声だけを聞き、ミヒャエルの姿だけを瞳に映せばいい。頭の中がミヒャエルでいっぱいになればいい。余計なことなど考える必要はない。エリアスの身も心もすべて、ミヒャエルのものだ。
もう、誰にも渡しはしない。




エリアスの新しい部屋は前より広く、ずっとこの部屋で生活できそうなほどに設備が整っていた。窓には鉄製の格子がはめられていて、ドアは厳重に閉ざされていたが、逃げるつもりなど欠片もなかった。
ミヒャエルはこの部屋を訪れると、エリアスの好きな紅茶や菓子や本などを持ってきてくれた。優しく抱き寄せてくれたり、戯れのように口づけてくれたりするのは前の部屋にいたころと同じだった。エリアスの細い足首に填められた足枷だけが異様だった。
足を動かすとちゃり、と金属の擦れる音がした。部屋の中はなんとか歩けたが、走ることはできそうになかった。ミヒャエルは自分が訪れている間だけ足枷を外した。そうして赤くなった痕をやさしく撫でてくれた。足首をあげて、填められた足枷をうっとりと眺める。
まるで、ミヒャエルがずっと放さないでいてくれるみたいだ。足枷を見る度に愛しさが溢れる。彼がこんなにも自分に執着してくれている、何よりの証拠だ。他の誰でもなく、自分を。優しい優しい彼にこんなことをさせてしまった罪悪感より喜びの方が勝った。愛されている、と思う。
「…ふふ」
エリアスはふわりと笑う。彼は確かに、愛していると言ってくれた。とても幸福だった。愛する人に望まれて、愛する人の側にいることが出来るのだから。これ以上の幸せはきっとない。
ミヒャエルは部屋にくるたびにたくさんのものを与えてくれたけど、彼が来てくれるのならそれで十分だ。毎日毎日、ミヒャエルが来てくれるのが待ち遠しかった。
いつか彼が自分のことを忘れてしまうまで、ミヒャエルのことだけを考えてじっと待ち続けよう。彼に与えられたこの部屋で。
いつまでだって、待っているから。



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