ミヒャエルの恋人は稼ぎがいい。だから、ミヒャエルは一日中遊んでいたって暮らしていける。
買い物や料理や洗濯などの家事も全部エリアスがしてくれる。たまに彼の具合が悪いときに気まぐれに手伝うと喜んでくれるから、ミヒャエルの仕事はそれだけでいいのだろう。きっとエリアスは仕事や家事が好きなのだと思う。彼だって両親の莫大な遺産を受け継いでいるのだから、何もする必要はないのだ。働かずに使用人でも雇えばいいのに、本当に変わっている。ミヒャエルとしては気ままな二人暮らしの方が気が楽だから、 不満に思ったことはないけれど。
エリアスとは学生時代からの付き合いだ。恋人の贔屓目かもしれないがとびきり美人で性格も社交的だから、それなりに人気もあった。けれど彼はこれまで、ミヒャエルとしか付き合ったことがない。本人がそう言うのだから確かだ。つまるところ、彼にはミヒャエルしかいないのだ。だからなにをしたって最終的には許してくれる。働かないミヒャエルに呆れたり説教したりすることはあったけれど、唇を塞いで押し倒してしまえば後は素直に甘く鳴くばかりだ。そういうところも可愛いと思う。
彼を抱くことで小遣いと食事をもらっている、というのがミヒャエルの認識だ。無論、彼を抱くのが嫌という訳ではない。ミヒャエルが彼にしてやっているのはそれくらいだから、そう思っているというだけのことだ。むしろミヒャエルの方がそういう気分になって、疲れている彼を無理矢理抱くことの方が多かった。彼の顔も声も身体も好きだ。学生時代からずっと好きだったのだから当然だ。これで金までもらえるのだからこんなに楽なことはない。
今日はドラマの時間までゲームをして過ごすつもりだったが、料理をしている彼の後ろ姿を見ているとなんとなくそういう気分になった。携帯ゲームをテーブルに置き、気付かれないようにそろそろと近づいた。端物を持っていないことを確認し、がばっと後ろから抱きついた。びくりと身体が跳ねることに満足する。反応がおもしろい。
「っ!?……ミヒャエル、料理中なんだから驚かせないでよ」
「いいじゃない。ね、しよ?」
耳元で吐息と共に囁くと彼の顔が朱に染まる。けれど予想に反して彼は首を振った。
「今日はそういう気分じゃないから。夕ご飯も作らないといけないし」
素っ気ない言葉にむっとして、抱き締める力を強めてみる。それでも彼は頑なに振り向きもしない。思い通りにならないことに苛々しながら、シャツの中に手を差し入れた。
「っん!」
こね回すように胸の飾りを弄ってやると、細い身体がびくびくと震えた。胸のてっぺんを摘んで親指で押しつぶす。熱い甘い吐息が漏れ始めたことに達成感を覚え、口角が上がる。
昔、冗談半分で胸ばかり責めていたら感じるようになったらしい。ミヒャエルがそうさせたのだ。彼の弱い部分やよがっている顔を知っているのはミヒャエルしかいない。その事実が独占欲を満たす。
「そういう気分じゃなかったんじゃないの」
「っ、馬鹿…!」
にやにやと笑いながら、片方の手でベルトを抜き去り、ズボンと下着を下ろす。胸をいじりながら奥を指で抉ってやると、腕の中の身体がびくびくと震えた。
もうそろそろいいだろうか、と思っていると、真っ赤に染まった顔が振り向いた。どこか思い詰めたような、縋るような表情で見上げてくる。なんだろう、と首を捻った。
「ミヒャエルお願い、今日はやめよ、…あとで、口でしてあげるから」
「だあめ、僕がしたいからするの」
「や、待って、ひ…っ」
立ったまま彼の中に欲望を突き入れた。抱かれなれているくせに中は狭く、熱い粘膜がきゅうきゅうとしめつけてきた。嫌だ嫌だと抵抗する声も甘ったるい。口ではなんと言ったって、結局のところ彼は抱かれるのが好きなのだ。素直にそう言えばいいのに、と思ったりもする。気持ちよくしてあげているのだから感謝してほしいくらいだ。胸をいじりながら腰を動かすと、彼の出したものが床に落ちて、フローリングを汚した。
「っああ、っふぁ、はぅぅ…」
「わ、ちょっと、エリー?」
何度か突き上げるうちに、エリアスの膝が落ち、くたりとシンクにもたれ掛かる格好になる。抱き上げてやろうか、と一瞬考えたけれど、ミヒャエルの体力では正直心許ない。ううん、と首を捻った後、ずるりと自分のものを抜いた。華奢な身体を転がすようにフローリングの床に仰向けに横たえる。掃除が行き届いているから平気だろう、と楽観的に考えた。
「ちょっと背中痛いかもしれないけど、エリーなら大丈夫だよね」 
「や、やだ、待っ、ひぅ、っあ、」
エリアスが嫌がろうとも、ミヒャエルの精でぬるりとしたそこは簡単に侵入を許した。肉と肉のぶつかる音が響く。細い足がゆらゆらと揺れた。
「も、やだ、やだぁ…っ」
「え、あれ、本当に嫌なの?」
ほろほろと溢れる涙を舐めて、青緑色の瞳をのぞき込む。次から次へと涙が溢れてきて、困ってしまった。珍しく本当に嫌がっているらしいことに違和感を覚える。こういうことが嫌いな訳ではないはずだ、彼から誘ってくることもあるくらいなのだから。何か大切な仕事があるのだろうか。それにしては今日の帰りは妙に早かったように思うけれど。
「まあいっか」
「っひ、」
それは彼の事情でミヒャエルには関係のないことだ。恋人同士なのだから好きに抱いたっていいだろう。それにどうせ、彼は自分のことが好きなのだから。もし多少機嫌を悪くしたって謝りさえすれば許してくれるはずだ。愛されている自信はある。
そう軽く考え、彼の中に何度も何度も欲望を吐き出した。むずがる声が弱々しくなっても、構わずに腰を打ち付け続けた。
額から流れる汗を拭いながら、ぐったりと横たわる彼をしばし見つめる。長い睫毛には涙の滴が絡んでいた。大きく開かれた太ももに伝う白濁がいやらしくて、まだ続けようかと思う。どうせしているうちに起きるだろうし。彼に覆い被さろうとしたところで、時計が目に入った。
「あ、テレビ」
ドラマを見なければ。録画をしてはいるけれど、どうせならリアルタイムで見てネットの住人と感想を共有したい。彼らの感想はドラマよりも面白かったりするのだ。
乱れた着衣のまま気絶する恋人を、僅かの間だけ見つめた。暖房はついているし風邪を引くことはないだろう。夕食は遅れるかもしれないが、それはミヒャエルのせいなのだから待っていてあげよう、と寛大な気持ちになる。自分の服を整えながら台所を後にした。頭の中は、前回のドラマのあらすじでいっぱいだった。今回はどんな展開になるのだろう。すっきりとした気分でテレビが見られるのはありがたい。
しばらくしてミヒャエルが戻ってくると、台所は先ほどの情交などなかったかのようにきちんと片づけられていた。エリアスはもういなかったけれど、テーブルの上には夕食が用意されていた。ミヒャエルの好物ばかりだ。喜んで食べはじめる。味にも満足した。昔はミヒャエルの方が上手かったけれど、二人暮らしをするうちに彼の料理の腕は随分と上達した。毎日作っているからかもしれない。
なんだか妙に豪勢だな、と頭の片隅で思う。何かの祝日だったろうか。ミヒャエルは日付を気にしない生活をしているから、何の日だったかぴんとこない。それとも、何かいいことでもあったのかもしれない。理由はなんでもいいけれど、美味しいご飯が食べられたのはありがたい。覚えていたら明日にでも褒めてあげよう。
そういえば、帰宅した時の彼はどこか期待するような目をしていた。今日はしたくないと言っていたことも。それがなんとなく頭に引っかかったけれど、思い出せないのだからきっと大したことではないのだろう。それよりも、早くゲームを進めなければ。




その日のミヒャエルは機嫌が良かった。何せ、パチンコで大当たりを出したのだから。自分へのご褒美として新しいゲームと漫画を買ってきた。新品を開けるときの高揚感が味わえると思うと今から楽しみでならない。エリアスだって喜んでくれるだろう。彼から貰った小遣いを使ったとはいえ、ミヒャエルが自分で稼いだのだから。
ただいまぁ、と大きな声で帰宅を知らせる。返事はなかった。寝ているのだろうか。
エリアスが借りている部屋は、二人暮らしをするには広い間取りだ。リビングが一つと台所、そして部屋が三つ。そのうちの一つはミヒャエルの物置と化しているから、実質的にはそれぞれの生活スペースがそれぞれ一つずつあることになる。はじめの頃はいつも一緒に寝ていたのだったか。今でも、気まぐれに彼が眠るベッドにもぐりこんだりする。その逆はない。ミヒャエルの生活リズムはバラバラだし、自分の部屋に入られるのはあまり好きではないので。
ノックもせずに彼の部屋に入る。ミヒャエルの部屋とは違って彼の部屋はいつも整っている。殺風景と言ってもいい。部屋を見渡すと、小柄な恋人はソファーですやすやと眠っていた。寒いのだろうか、コートを羽織ってマフラーをつけたままだ。あどけない穏やかな寝顔に笑みが零れる。ふわふわした気分で近寄る。起こして驚かせてあげようと、華奢な身体を揺さぶった。
その拍子に、マフラーがずるりと床に落ちた。ミヒャエルは目を見開く。
細い、真っ白な首筋に、薔薇の花弁のような赤い痕がいくつもついていた。浮ついていた頭がさっと冷える。
こんなものをつけた覚えはない。無理矢理つけられた様にも見えなかった。それなら、いったい誰が。
混乱する頭の中で、そういえば最近彼の笑顔を見ていないと唐突に思った。必死で思い出そうとしても、どこか寂しそうで影のある表情ばかりが思い浮かぶ。最後に笑いかけてくれたのはいつだったろう。
記憶を辿るうち、学生時代に告白したときの、屈託のない心からの笑顔が頭に浮かんだ。あのときは、必ず君を幸せにすると言ったのだったか。頬を染めながら了承してくれたのが嬉しくて嬉しくて、小さな身体を思い切り抱きしめた。照れたような笑顔が愛しくて何度もキスをした。人生で一番幸せだと思った。確かにあのときは、彼のことを世界で一番幸せにしたいと思った。嘘やはったりではなかった。本当に、そう思ったのだ。確かにあの時はそうするつもりだったのだ。
ミヒャエルじゃない誰かにも、あの顔を向けたのだろうか。想像するだけで、心の中にどす黒い感情が湧き上がる。同時にひどく不安になった。
エリアスがミヒャエルを捨てられるはずがないと高をくくっていた。何があっても、彼の帰る場所はミヒャエルの隣でしかないのだと。けれど、こうして浮気をした証拠がある。女を抱いたのだろうか、それとも男に抱かれたのだろうか。どちらであろうと酷い嫉妬と不安を覚える。
ミヒャエル自身は、幸せな生活ができていると思っていた。エリアスだって幸せなのだと思っていた。だって恋人同士なのだから。けれど彼は幸せではなかったのだ。だから他の誰かのところに行ってしまった。二人でいるだけで幸せにできていると思っていた。勘違い、だったのだろうか。
震える手でマフラーを戻した。浮気に気付いたことを悟られたくなかった。浮気を糾弾しようものなら、まとまった金と謝罪だけをよこしてミヒャエルの元から去ってしまうのではないだろうか。そんなのは耐えられない。楽な生活をするだけのために、彼の側にいるような気になっていた。けれど、この抑えがたいほどの痛みはなんだ。
そっと柔らかな頬に触れてみる。誰が彼に触れたのだろう。これからもずっとミヒャエルだけのものだと、そう思っていたのに。



(世界で一番幸せにするよ!)



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