彼を一目見た瞬間にすぐに恋に落ちた。運命だと思った。
恋い焦がれてやまないそのひとは、ミヒャエラの大学で助教授をしている。ミヒャエラより十歳年上だが顔にはまだあどけなさが残っており、下手をしたら十代にすら見えた。背が低くて華奢な体格なのも原因かもしれない。
儚げな美貌や、どこか憂いを帯びた寂しげな雰囲気に強く目を惹かれた。このひとが欲しいと思った。他人にこんな気持ちを抱いたのは初めてだ。
エリアスもミヒャエラのことを覚えているようで、授業中や学内ですれ違った時などに目が合うとふと微笑んでくれる。そのたびに心臓が高鳴る。例えそれが、ミヒャエラが彼の恋人に似ているという理由だとしても。
恋をしてからというもの、彼のことを丹念に調べ上げた。本気で恋をしたからには当然のことだ。ミヒャエラのフォトフォルダはすぐにエリアスの写真で一杯になった。住所やプロフィールは勿論、生活リズム、部屋の間取り、そして同棲している男についても入念に調べた。彼の恋人はミヒャエルと言う名前で、何の因果かミヒャエラと生き写しだった。学生時代からの付き合いだということも突き止めた。今は働いていないということも、エリアスを何度も泣かせているということも。証拠の写真や映像は、日付と日時を細かく記載して誰にも見られないように大事に保管してある。
ミヒャエルという男の素性を調べ上げてまず思ったのは、何故そんな男とまだ付き合っているのだ、ということだ。早く別れてしまえばいい。外見ならミヒャエラだってほとんど変わらないし、性格や社会的地位だってずっとずっと優れているつもりだ。それとも体の相性がいいのか。もしくは愛着だろうか。
だから、素直な疑問をぶつけた。声を掛けたときには穏やかだった白い顔は、話が進むにつれ蒼白になっていった。情報の出所については噂で聞いた、と言えば素直に信じてくれた。写真やICレコーダーを使わなくて良かったのは幸いだ。愛故の行動とはいえ、まだ付き合っていないのから嫌がるかもしれないし。
「それで、君はどうしたいの」
問いかける口調こそ震えていたが、見上げてくる瞳の光は強かった。そういうところも好きだ。
「俺は、こんな男とは別れてほしいだけですよ、先生。そんなこと、分かっているはずでしょう」
彼の給料を使って日がな一日パチンコ屋やゲームセンターで遊び歩いていることも、家事すらほとんどせず好き勝手に生きていることも調べ上げた。かつての同級生や教師などからの評判こそ良かったが、それだけだ。彼らの語る『ミヒャエル』と、今の彼はほとんど別人のようにすら思える。そんな男に尽くして何になるのだろう。
「もしかして、脅されているとか」
「そんなこと!…そんなこと、ないよ。ミヒャエルは本当は優しいんだ」
「本当は優しい?そう言って、自分を誤魔化しているだけじゃないんですか。あなたがそんなだと、その男はますます増長するだけですよ」
「…ミヒャエルには、他に誰もいないから」
「彼に、なんですか?あなたではなく?」
ぐっと押し黙るエリアスをじっと凝視する。両親や祖父母の莫大な遺産を得た彼には身寄りがない。親しかった友人たちも、それぞれの家庭や職を守るので忙しい。今の彼にはミヒャエルの他に頼れる人がいないのだ。だから、ずるずると別れられないでいるのではないか。そう、当たりをつけてきた。
「でも、…でも、いつかは分かってくれるはずなんだ」
「……」
根拠も何もない、願望ですらないその言葉は、あまりにも空しく響いた。自分でも分かっているのだろう、彼は口を噤んで目を伏せた。その姿をじっと見下ろす。小さいな、と思った。
変わってしまった恋人に期待をしている彼が、とても愚かだと思う。幼くて、痛ましくて、かわいそうだ。触れれば簡単に折れてしまいそうなほどに。
ミヒャエラの感情を見て取ったのか、エリアスはふっと微笑んだ。皮肉げに頬を吊り上げて、目は今にも泣きそうなままで。
「軽蔑してもいいよ。普通の人には、僕みたいなのは気持ち悪いだろうしね。…できたら、内緒にしておいてほしいかな」
自嘲と諦観の籠められた笑みは今にも決壊しそうだった。今だ、と本能が告げる。
身体が衝動的に動いた。目の前の小さな躯を思い切り掻き抱く。力を入れすぎたせいか、軽い体が僅かに浮いた。小さな躯はいとも簡単に腕の中に収まった。思い描いていたよりもずっと簡単だった。もっと早く、こうしておけばよかった。そうしたら、彼は泣かずに済んだかもしれないのに。
目を見開いたまま、呆けたようにおとなしく抱き寄せられているエリアスの白い頬を撫でた。彼を泣かせることのできる男が赦せなくて、苦しいほどに羨ましかった。恋人に半ば無理矢理抱かれる彼の映像を見る度に、激しい怒りと嫉妬に駆られていた。けれど今は、他でもないミヒャエラの腕の中に彼がいる。
「俺なら、あなたを泣かせたりしません。…絶対に」
「…っ、ん」
そっと頬を包んで、唇を重ねた。僅かの逡巡の後、熱い舌が応えてくる。壊れ物のような体を優しく支えて、夢中になって唇を貪った。甘くて甘くて、酔ってしまいそうになる。
唇を離すと、飲み込みきれなかった唾液が顎を伝った。どこか困ったように青緑色の瞳が揺れる。頬を包み込んで瞳を真っ直ぐにのぞき込む。堕ちて来い、と心の中で叫んだ。
「先生…愛しています。この世界の誰よりも」
細い唇がわなないて、彼がこくりと頷いてみせるまで、ミヒャエラはじっと答えを待った。




ベッドに横たわる身体は、映像や写真で見るよりずっと真っ白で綺麗に見えた。彼のことは知り尽くしていたつもりだったが、やはり見るのと実際に触れるのでは全く違う。
胸をじっとりと舐めると長い睫毛がふるふると震えた。胸の頂は淡く色づいて、白い肌に映えていた。唇を落として軽く吸うと、背がしなって甘い声が漏れる。素直に反応する体がいじらしくて可愛い。気持ちいいですか、と優しく尋ねると細い頸がこくりと頷いた。ふっと笑って更に平坦な胸を責めた。桜色の唇から漏れる甘やかな声も紅く染まった顔も少女のようで、胸の無い女の子としているような錯覚すら覚える。彼のものが反応を示しているのが、ひどく倒錯的な感じがした。
だいじょうぶですか、と問いかけると熱に潤んだ瞳がじっと見つめ返してきた。エリアスは僅かに躊躇うように視線をさまよわせ、やがて決心したように身を起こす。そしてゆっくりと真っ白な足を開いて、自ら秘部を晒した。その光景に思わずごくりと息を飲む。彼は恥じらうように顔を紅く染めて、ミヒャエラをじっと見上げた。
「いれて、くれる…?」
甘やかな声と表情に、かっと体が熱くなる。あの清らかな彼が、こんな顔をするなんて。自分は彼のことを無理矢理抱いているわけではないのだ、ということがミヒャエラの自尊心を擽る。もう、一方通行ではない。
細い腰を抱き寄せて、誘われるままに彼の中に欲望を突き入れた。僅かに濡れたそこは、抵抗もなくミヒャエラのものを受け入れる。
「っあ、んんぅ」
「は、せん、せ…」
熱く柔らかな内壁に締め付けられて、思わず達してしまいそうになるのを堪える。できるだけ長く繋がっていたい。綺麗なひと。ずっとずっと恋い焦がれていたひと。これまでは見ているだけだった彼に、ようやく手が届いた。優しくとろけさせてあげたい。ミヒャエラのことだけを全身で感じさせたい。他のことなど全て忘れさせてしまいたい。
優しく、そして激しく腰を動かすと細い体がひくひくと震えた。真っ白な、たおやかな腕が伸びてミヒャエラの頬を撫でた。
「名前で、」
「え?」
「名前で呼んでくれないかな、…エリーって」
生理的な涙に濡れた瞳にじっと見上げられて、身体が昂揚する。彼が何故そんなことを頼むのか分かっているけれど、体は正直だ。彼のためなら何だってできる。例え、誰かの身代わりになることだって。
「愛してるよ、エリー」
「…っ」
吐息と共に耳元で優しく囁くと、きゅっと締め付けが強まった。すがりつくように回される腕が愛しい。彼のことをこんな風にした男が憎い。ミヒャエラが先に会っていたら決して彼を哀しませたりしなかったのに。今の彼のことはミヒャエルよりもずっと知り尽くしているけれど、彼と出会うまでのことは推察しかできない。あと十年早く生まれていたら、ミヒャエルなどには渡さなかった。
華奢な腰を掴んで腰を打ち付けると、桜色の可憐な唇から嬌声が漏れた。半ば恍惚としながらその声に酔いしれる。
「っあ、あ、あん、っあ、いい、きもちいい…っ!」
「は、好き、好きです…!」
ミヒャエラの下で跳ねる華奢な体を思い切り抱き締めた。名前を呼んで愛を告げるたびに震える体が愛しくて、哀れだ。孤独で寂しがり屋で、かわいそうなひと。ミヒャエラだったら、何度も何度も愛を告げるのに。
「あ、っあん、すき、ミヒャエル、おねがい、もっと、もっと…、」
「…っ」
腕の中のひとが、愛しげに他の男の名を呼ぶ。心臓から血が溢れそうな程に胸が痛い。どす黒い感情が頭を駆ける。それでもいい。今は身代わりでも、すぐにミヒャエラだけのものにしてみせる。
愛してる、ともう一度耳元で囁いて、彼の中に注ぎ込んだ。はくはくと震える唇に深く唇を重ねる。蕩けた青緑色の瞳がうっとりとミヒャエラを見つめた。優しく優しく笑んでみせる。仮初めでもいいから、今だけは夢を見せてあげたかった。
何度か体を重ねた後、墜落するように寝入った彼の体を丁寧に整えた。その前に何枚か写真を撮ったが、勿論悪用などするつもりはない。ミヒャエラが個人的に楽しむだけなのだから問題はないだろう。恥ずかしがるだろうから彼にも教えるつもりはない。鞄に厳重に仕舞いこんだムービーデータも同様だ。せっかくの二人の愛の思い出を誰かに見せたくはない。ただ、この先使う可能性がないわけではないけれども。
真っ白な身体にいくつも付けた紅い薔薇の花弁のような痕に指を這わせた。正真正銘、ミヒャエラがつけたものだ。これが所有の証になればいいのに。身も心もすべて、ミヒャエラのものにしてしまいたい。誰にも譲る気はない。
静かに伏せられた目蓋にそっと口づけた。白い頬が愛しい。このひとが欲しい。心の底から愛している。幸せにしてみせる。一生側にいる。やっと堕ちてきたのだ。もう離したりするものか。
エリー、と囁いてみる。深い眠りに落ちている彼は気付かない。寝顔は穏やかで、どこか微笑んでいるようにすら見えた。幸せな夢を見ているのだろうか。そうだったらいいと思う。たとえ、ひどい男の夢を見ていたとしても。
「…俺の方がずっとずっといい男だって、すぐに分からせてあげますから」
どれだけあなたを愛しているか、心にも体にも毎日刻み込んであげよう。無情な恋人のことなんて、すぐに忘れさせてみせる。
もしもミヒャエルが彼を手放したくないと言うのなら、写真と映像を突きつけて愛し合っていることを教えてやろう。絶対に、あの男と別れさせてやる。早くミヒャエラの手元に堕ちてくればいい。そうしたら、今まで以上にたっぷりと愛を与えてあげよう。もうミヒャエラなしでは生きていけなくなるくらいに。



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