これは夢だ、と思えたらどんなに良かっただろう。けれど、堅くて冷たい机の感触がこれは現実だと教える。
相談がある、と言われてついて行った空き教室だった。ひどく緊張した面持ちだったから、よほどのことなのだろうと思って、一も二もなくついて行った。人通りがないことも承知の上だった。だって、ミヒャエルに誘われたのだ。警戒する必要なんて全くないと思っていた。でもそれは間違いだった。
教室に入った途端、いきなり抱きすくめられた。突然のことに目を白黒させる僕の身体を、ミヒャエルは二人で倒れ込むみたいにして机の上に押しつけたのだった。
抗議しようとした口はミヒャエルの口で塞がれた。ぬるりと、舌が軟体動物みたいに僕の口腔を犯した。何度も何度も、呼吸ができなくなるくらいに。
酸欠で荒い息をしているうちに、制服のシャツは乱暴にはだけられ、ズボンと下着は脱がされて、床に置き捨てられた。慌てて服を取り返そうとする僕の身体のあちこちにミヒャエルが唇を落として、そこでようやく、何をされようとしているのかわかった。抵抗しようと胸を押したけれど、びくともしなかった。細身のミヒャエルにも抵抗すらできないくらい、あまりに僕は非力だった。
同性愛には寛容なつもりだった。周りにもそういうカップルは何組かいるけれど偏見はない、と思っていた。でも、まさか僕がそんな目で見られているなんて思っていなかった。しかも、親友であるミヒャエルに。
死に物狂いで抵抗して、お願いだからやめてくれと何度も言った。怖くてたまらなかった。男に抱かれることになるなんて、想像したこともなかったから。しかも親友だと思っていた相手になんて。でもミヒャエルは、僕の声なんか全然聞こえないみたいに身体に触れた。いつもはにこやかな顔が凍り付いていて、まるで別人みたいに見えた。
何度も口づけられたり触れられたりするうちに、変な声が漏れそうになって、堅く堅く口を閉じた。でもミヒャエルはそんなことお構いなしだった。両足を持ち上げるように開かれて気が狂うかと思った。そんなところ、誰にも見られたことなんてないのに。
ローションでぬるぬるした人差し指が、僕の中にゆっくりと入ってきた。いくらローションがあるとはいえ、痛みと違和感で吐き気がした。ぎゅっと目を閉じる。何も見たくなかった。僕にひどいことをしているのが、ミヒャエルじゃなかったらどんなにいいだろう。それならただ恨むだけでいいのに。
ぐり、とある一点に細い指先が触れた時、身体がびくりと跳ねた。え、と疑問に思う。間違いであってほしいと思った僕の願いは、反応を見逃さなかったのだろうミヒャエルによってあっさりと打ち砕かれた。再び彼の指がそこを抉った。
「んっ、ああっ!」
必死に閉じていた口から女の子みたいな高い声が漏れて、慌てて口を塞ぐ。驚きと恐怖で目を見開いた。まさか、そんなところで気持ち良くなってしまうなんて。だってそんなところ、自分で触ったこともなかった。
反応を示してしまったからか、ミヒャエルは執拗にそこを責めた。快楽で頭が真っ白になる。声を押さえることができない。
「やっ、あああ、そこはや、や、だ、あっ、んっ」
僕の意志に反して身体がミヒャエルの指をぎゅっと締め付けてしまう。自分から求めてるみたいではしたなくて情けないと思った。気持ちいいのが、余計に怖くてたまらなかった。そんなところで気持ち良くなるなんて知らなかった。それとも僕はおかしいのだろうか。差し込まれた指が増えて、中を広げるみたいに動いた。それなのにまだ、痛みより快楽が勝っている。
ミヒャエルは右手を差し込んで奥を抉りつつ、左手で僕のものを扱いた。暴力的なまでの快感。目の前がちかちかした。
それほど時を待たず、僕はミヒャエルの手に吐き出してしまった。友達の手を汚してしまった。自己嫌悪で死にたくなった。快楽の余韻がまだあることが、余計に辛かった。
ショックと快楽で頭がぼんやりして、中から指が抜かれるのをただ見つめていた。すぐに顔から血の気が引いた。指が抜かれたところに、ミヒャエルのものが押し当てられていた。それだけは駄目だ。それをされてしまったら、戻れなくなる。友達でいられなくなる。
「い、嫌だ、嫌だ嫌だ!やめてミヒャエル!それだけは…」
「力を抜いてエリー」
必死に叫ぶ僕の声が聞こえなかったみたいに、ミヒャエルはそれだけ言って腰を進めた。これが始まってから、ミヒャエルが言ったのはたったそれだけだった。ぐちゅ、とローションの音が耳に引っかかる。
「や、やめっ、あああああ!」
僕の中にミヒャエルのものが入ってくるのがわかる。ずぶずぶと、まるで押し開くように。厭だ、と言うのにミヒャエルの動きは止まらなくて、身体の奥深くまで侵入してきた。唇から呻き声が漏れる。お腹が壊れる、と思った。あまりの痛みに涙がこぼれた。
ミヒャエルが僕の腰を掴んで、どこか苦しげに深呼吸をした。あ、と思う。これで終わりじゃないんだと気づいた。涙が出るほど痛いのに、これにはまだ続きがある。
「あっ、いい、痛い、あ゛っ、あ゛っ!」
制止の声を上げようとした口から悲鳴が出た。もう恥も外聞もなかった。灼熱の肉塊に内臓を直接抉られる激痛。身体が真っ二つに裂けてしまう、と思うくらいの。あまりの痛みに頭が真っ白になる。どこかが裂けて、血が伝った。死んでしまう、殺されてしまう、誰より信じていたミヒャエルに。必死の形相で腰を打ち付ける彼が別人のようで、苦しくて仕方がなかった。
激痛に叫ぶ僕の下半身に、大きな手が伸びた。ひ、と小さく悲鳴が漏れる。ミヒャエルの手が僕のものを掴んで扱いていた。こんな激痛の中でも反応してしまう身体が嫌でたまらなかった。犯されているのに、前を触られたらどうしても反応してしまう。痛みと強制的に与えられた快楽で身体が壊れてしまいそうだった。見上げた顔はもう涙でぼやけて、どんな表情をしているのかもわからなかった。
どくん、と身体が震えるのと、ミヒャエルが僕の中に吐き出すのは同時だった。中に熱い奔流が注がれる感覚に、何かが壊れてしまったような気がした。全身から力が抜けて、何も考えられなかった。ゆっくりと目を閉じる。目を覚ましたら全部夢だったらいいのに、と思った。
――ぽたぽたと水滴が頬を叩く。辛うじて残っていた細い意識を頼りに薄く目を開いた。目の前にミヒャエルが立っていた。少し垂れた緑の瞳から、とめどなく涙がこぼれ落ちていた。今にも死んでしまいそうなくらい青ざめた、ひどい顔をしていた。細い指が優しい手つきで僕の頬を撫でて、時折熱い物に触れたみたいにぴくりと震えた。僕が薄く目を開けていることにも気づいていないようだった。なんで、そんな顔をしているのだろう。
エリー、と奇妙に掠れた声が僕を呼ぶ。彼の名前を呼びたいのに、唇は全然動いてくれない。全身が鉛のように重くて、思考は再び暗闇に沈んでいく。
そんなに辛そうな、傷つけられたような顔をするくらいなら、どうしてこんなことをしたんだろう。いっそ笑い飛ばしてくれたなら、君を嫌いになれたのに。




次に目を覚ますと、僕は自分の部屋のベッドに寝かされていた。服はしっかり着せられていたけれど、体中が痛くて、さっきのことが決して夢ではないのだと告げる。ぎしぎしと悲鳴を上げる身体を無理に起こすと、どろりと中に出されたものが溢れた。ひどく泣きたい気がした。
身体を引きずるように風呂場に入った。鏡に写る自分の姿を極力見ないようにはしたけれど、あちこちについた赤い跡はどうしても目に付いた。こんなの、誰にも見せられない。
激しい痛みを訴える場所に手を伸ばして、恐る恐る指を入れた。ぐい、と指を動かすと、白く濁った液体が溢れた。堅く堅く目を閉じて中の物をかきだす。何も見たくないし、何も考えたくなかった。
「ひぁ、」
深いところを引っかいた時、身体がびくりと跳ねた。間違いであってほしい、ともう一度触れてみる。背骨を走る感覚に頭が一気に冷えた。自分の身体が快楽を拾ったのだ、と認めざるを得なかった。足が震えそうになるくらい怖かった。情けないことに、涙を押さえきれなかった。反応してしまう身体やぐちゃぐちゃと響く水音に耐えられなくなって、冷たいシャワーを浴びた。なにもかも全部洗い流してしまいたかった。
ミヒャエルは、なんであんなことをしたのだろう。いたぶるだけのつもりなら、こうして僕の服を整えて部屋に運んだりはしないだろう。涙を流して僕の頬を撫でる蒼い顔と、制止の声も聞かず切羽詰まったみたいに僕を揺さぶる顔が交互に浮かんで、頭がおかしくなりそうだった。
僕たちは親友で、何を考えているのかなんとなくわかるような、そんな関係だと思っていた。だけどもう、ミヒャエルのことが全然わからない。わからなくなってしまった。親友だと思っていたのは僕だけだったのだろうか。もしそうなら、とても寂しい。
中のものが出てこなくなるまで中を引っかいて指を抜くと、妙な違和感があって気持ち悪かった。痛みはあちこちにあって、どこが痛いのかもよくわからない。
水のシャワーを閉じて、ふらふらと風呂場を出る。なんとか服を着てベッドに倒れ込んだ。乾かしていない髪が張り付いて、凍え死にそうなくらい寒かった。死ぬならそれはそれでいいような気もした。なんだかとても疲れた。調子を崩すだろうことはわかっていたけど、何もしたくなかったし誰にも会いたくなかった。
どうしてこんなことになったんだろう。ミヒャエルと親友になって、幸せだったのは僕だけだったのかもしれない。急にミヒャエルが知らない人みたいに思えてきて、哀しくて寂しかった。
理由を聞いたら答えてくれるだろうか。僕の知っている優しいミヒャエルは、本当にいるのだろうか。たくさん聞きたいことがあったけれど、身体が言うことを聞いてくれない。僕が調子を崩しても見舞いには来てくれないだろう、という予測だけは正しいと思う。それも、なんだか寂しかった。
エリー、と優しい笑顔で僕を呼ぶミヒャエルの顔が浮かんで、滲むように溶けて消えた。体中が痛くて寒くて、意識は暗闇の中に飲み込まれていった。
このまま目が覚めなければいいのに。



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