遠くの教室で、授業をする教師の声が聞こえる。
壁にかけられた時計が、一限目の開始から十分経ったことを示している。本当なら、僕もミヒャエルも授業に出ているべき時間だ。けれど今僕たちは、空き教室で二人、半裸で抱き合っている。…つまり、そういうことをしている。ワイシャツは大きく開かれていて、ズボンと下着は膝のあたりまで下ろされている。半端な脱ぎ方が気持ち悪いし、制服を着たまましているのも嫌で仕方ない。窓から明るい日の光が差し込む昼間の教室で、勉強するための机に寝かされているのも罪悪感を煽る。とにかく全てにおいて不本意極まりない行為ではあるのだけど、それを言い出すことはできない。
何故こんな非道徳的ではしたないことをしているのか、という問いへの答えは単純だ。ミヒャエルの頼み、というより命令だからだ。
ちょっとした誤解から、彼が浮気をしたと勘違いしてひどく詰ってしまった。だから、こんなことを強要するほどに怒っている――のだと思う。彼がこれを提案したとき、とても愉しそうにニコニコと笑っていたのが妙に引っかかっている。怒ると笑うような人種だったろうか。何度か喧嘩をしたことがあるけれど、こんな怒り方は見たことがない。けれどそれは、裏を返せばそれだけ激しく怒っている、という可能性にも取れる。だから、拒否できなかった。僕の誤解のせいで別れたくはない。少なくとも、今のところは。
ともかく、おかしな声を出さないように必死だった。足を大きく開かれて、ミヒャエルのものが入ってきたときには、思わず声をあげそうになった。指や舌で執拗なくらい慣らされていたから痛くはなかったけれど、やはり反応してしまう。それからずっと、ミヒャエルと繋がったままだ。もったいぶって焦らすみたいに緩やかに動かれて、なかなか終わってくれそうにない。ミヒャエルが激しく動くのは、底意地の悪いことに、人が通る時だけだ。
ふいに、廊下の隅から楽しげな笑い声が聞こえた。サボりの生徒、だろうか。まだ授業中なのに、と自分たちのことを棚の上に上げて思う。緊張で身体が震えそうで、思わず自分にのしかかってくる身体にすがりついた。
「あぁっ…!」
ずん、と奥を突かれて高い声が出る。背骨から走る快楽の電流に、頭が真っ白になってしまったせいだ。唇を噛んで、悪びれなく笑う顔を涙の滲む瞳で睨みつけた。既に弱点を知り尽くされているから、こちらの分が悪い。いったい、何を考えているのだろう。人に見られたら困るのは彼も同じなはずなのに。
廊下の外では、まだ数人の声が楽しげに話をしていた。どうやらまだバレてはいないようだ。早くどこかに行ってくれないだろうか。逸る僕の心中を察してか、緑の隻眼が愉快そうに細められ、人差し指が唇に触れた。静かにしろ、だなんて。そんなこと言われなくてもわかっている。ミヒャエルが抜いてさえくれれば、声を出さずに済むのに。そうしないだろうことはわかっているけれども。
ぐりぐり奥を抉りながら、ミヒャエルの唇が何度も身体に落とされる。首筋や胸の先に唇が触れて、ちゅ、と音を立てて吸いつかれると、それだけで気をやってしまいそうな快感が走った。認めたくないけれど、いつもより感じてしまっている。
噛みしめすぎて切れた唇は鉄の味がした。何度か口づけを交わすうちに、ミヒャエルも気づいたらしい。唇の動きだけで、痛い?と問われた。口を開くと声を上げてしまいそうだから、ふるふると首を振って答えの代わりにした。痛みなんて気にしてられなかった。バレてはいけない、という緊張感と、身体の奥からこみ上げてくる激しい快感で頭がおかしくなりそうだ。
ふんわりと笑ったミヒャエルの大きな手が僕の腰を掴んで、ずんずん深い部分を抉った。息が止まりそうになる。足先がぴんと張った。
繋がった場所からぐちゃぐちゃ、激しい水音がする。それから肉と肉のぶつかる音も。
きもちよくてつらい。
そとにはひとがいるのに。
だめ、だ。
「ひ、んぅ…!」
身体が大きく震えて、叫びそうになった唇がミヒャエルの唇で乱暴に塞がれた。叫び声は彼の口の中でくぐもった声に変わる。深く差し込まれた舌に無我夢中で応えた。触れ合う唇も舌も、とろけるような熱さだった。頭の中でくちゅくちゅ水音や、熱い息遣いが響いてくらくらしたけれど、外には聞こえてない、と思いたい。バレたら二人とも大変なことになってしまう。
口づけを交わしながら達してしまった僕の呼吸が整うと、ミヒャエルはまた律動を再開した。やはりまだ、終わるつもりはないらしい。まだまだ余裕、という風情のミヒャエルの親指が、涙に濡れた僕の目元を拭う。おそらく赤く染まって酷い顔になっているだろう僕とは対照的だ。ずっとニコニコ笑っているのがひどく憎らしい。怒らせるようなことをした僕だって悪いけれど、ここまでされるほどのこと、なのだろうか。こういう経験の少ない僕が相手では満足できないから、憂さ晴らしにこんなことをしてるのじゃないだろうか。嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
きりりと歯噛みして、襟首を掴んで力の限り引き寄せた。ミヒャエルの腰に足を巻き付け、背中に爪を立てる。刺激を与えられる角度が変わって、背筋がぞくぞくした。まだだ、僕はまだ我慢しないと。
「はや、く、いってよ…!」
ミヒャエルの耳元で、声を押し殺して叫んだ。はやくはやく、終わらせてしまおう。ミヒャエルが達してくれさえすれば、これは終わるのだから。
中を思い切り締め付けると、彼の顔から僅かに余裕が消えた。優越感を感じたのもつかの間、さらに激しくなった動きに、僕にも急速に限界が近づくのがわかる。はくはくと震える唇が、また深い口づけで塞がれた。舌を絡ませながら目の前の首に思い切り抱きつくと、強い力で抱き返される。悔しいけれど、安心、する。
「――――!」
勢いよく流れてくる熱いものの感覚。どくどくと注がれる熱を感じるたび、身体が小刻みに震える。お腹が内側から満たされて不快なはずなのに、ミヒャエルのだと思うと不思議と嫌な感じはしない。深く差し込まれていた舌が離れて、口と口の間につう、と銀糸が引かれた。飲み込めなかった唾液が唇の端に伝う。
どこか嬉しそうに微笑むミヒャエルの顔を視界に映しながら、意識を手放した。




おはよう、とミヒャエルがにこやかに笑った。半分だけ覚醒した頭で、ぼうっと僕の顔をのぞき込む緑色の瞳を見つめ返した。うん、と答えた声もふわふわしていた。身体ももちろんだけれど、頭の中がひどく疲れ切っていて、考えることを拒否している。思い出すことを嫌がっている、と言ってもいい。だって教室であんな、いやらしいことを。いや、やはり考えるのはよそう。
僕は机に横たえられたままだったけれど、制服のボタンはしっかり襟元までとめられていた。ズボンも下着も穿かされている。顔の汗や唾液も拭われているようだった。気を失っていた間にミヒャエルが整えてくれたのだろう。ありがたいけれど、後片付けが全部済んでしまうくらい長い間、気を失っていたということになる。初めの頃はともかく最近ではそんなこと無かったのに、と思うと気恥ずかしい気がした。だらしない寝顔を見られたりしなかったろうか。羞恥心で死にたくなったけれど、今はそれは置いておこう。
「もう、怒ってない…?」
荒い息を整えながら、なんとかそれだけ聞いてみる。もう、許してくれただろうか。元々僕は身体が強くはないから、これ以上は体力が保ちそうにない。まだ許さない、というならなんとか頑張るけれど。
「うん!」
ミヒャエルはこの上なく嬉しそうに笑うと、僕の額に優しくキスを落とした。怒ってない、か。ほっとして力が抜ける。それならよかった。次の授業には出られるだろうか。なるべく休みたくはない。
「いっ…!?」
立ち上がろうとして、がくりと膝が折れる。中の違和感にやっと気づいた。冷たく硬い、無機質な物が奥深くまで差し込まれている。これが何なのかすぐにわかってしまう自分が嫌だった。何度か入れられたことがあるから、わかってしまう。今は動いてないことだけが救いだ。そしておそらく、ミヒャエルが中に出したものは掻き出されずそのままになっている。
思わずミヒャエルを睨みつけると、緑の隻眼が悪戯っぽく笑う。エリーはかわいいね、と笑い含みの声が言う。今そんなことを言われたって全然嬉しくない。それどころか怒りで目眩がしそうだ。やっぱりまだ怒ってるんじゃないか。こんな状態で授業を受けるなんて、本当におかしくなってしまいそうだ。
「それ、昼休みに抜いてあげるからね。頑張ってね」
優しく笑う彼は――僕の意地悪な恋人は、力なく座り込む僕の身体を抱き寄せるように立たせて、それじゃ一緒に授業にいこうか、と幸せそうに微笑んだ。



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