雪の降るクリスマスの夜、昔の恋人と再会した。
彼は相変わらず背が高くてすらりと痩せていた。実年齢より若々しく見えたが大人の男性らしくなっていて、少年だった頃より更に色気を増していた。十年近くの時が経ってもすぐに彼なのだと分かった。ずっと好きだった相手なのだから。
思わず手に持っていた鞄を取り落としたエリアスに、ミヒャエルはふっと笑いかけた。
「元気そうでよかった」
「君も、元気みたいだね」
爆発しそうな心臓をなんとか抑えて平静を装う。穏やかな口調に胸をなで下ろした。どうやら自分のことを嫌ってはいないようだ。
かつて彼と別れることになったのは、エリアスが彼を振ってしまったからだ。彼が浮気をしたのではないかと嫉妬して、その感情を知られたくなくて別れを切り出した。ミヒャエルといると自分がどんどん惨めな生き物のように思えて仕方がなかった。彼は一度だって自分を疑う素振りなど見せなかったのに。
ミヒャエルは何度も泣きながら理由を聞いたけれど、本当のことは話せなかった。それに、彼ならすぐ自分より素晴らしい恋人を得ることができるだろうと思った。プライドは低くない方だけれども、自分が一人の恋人として魅力的な人間とは思えなかった。素直に甘えたり、尽くしたりすることができない。加えて男同士という問題もあった。結局、そのまま別れることになった。
別れてすぐに激しい後悔と寂しさに襲われた。ミヒャエルの夢を見ては目を覚まし、彼が側にいないことに涙を流した。それでも、お互いにとっては別れた方がいいのだと思いこんだ。他にどうすればいいのか、本当にわからなかったのだ。
結局、十年の月日が流れてもミヒャエルを忘れることができずにいた。まさか、こんなところで再会するなんて。しかもクリスマスの夜に。
(あ、)
想い人との再会にほんの少し胸が高鳴ったが、彼の左手に填められたシンプルな指輪が目に入ってすっと頭が冷える。あれからもう十年も経っているのだと、そんな当たり前のことを思った。
「恋人がいるんだね」
「え、いや…」
困ったような素振りを見せる彼に向けて、穏やかに微笑んで見せた。悋気を起こしたわけではないと示したかった。
とうの昔から自分は彼の恋人ではないし、遠慮する必要などない。エリアスのような仕事人間ならともかく、この年齢でミヒャエルのような魅力的な人物に恋人がいないわけがない。そこまでの期待をするのは流石に夢を見すぎというものだ。
「結婚するの?」
「いや、まだ予定は…」
「そう、変なこと聞いてごめん」
歯切れの悪い彼の姿に申し訳ない気分になる。責めるつもりではなかったのだけれど、久々に会っただけの相手に問いつめられて嫌な思いをしたかもしれない。どうにもミヒャエルが相手だと距離を測りかねてしまう。
「それじゃまたね」
軽く頭を下げて踵を返す。偶然会えただけでも幸運だった。お互い元気なことを確かめられたのだから。クリスマスを大切な人と過ごして欲しい。幸せに暮らしてくれていればそれでいいのだ。
「待って…!」
ぐっと強く腕を掴まれて目を白黒させた。何か粗相をしただろうか。見上げた顔は少し強ばっているように見えた。
「その、良かったら飲みに行かない?」
「え…いいの?…今日はクリスマスなんだよ?」
うん、とこっくり頷く昔の恋人の姿に、心のどこかで期待してしまう自分がいた。




バーで酒を飲み交わした後、ミヒャエルの部屋に誘われた。彼は思ったよりもずっといい部屋に住んでいて、なんだかこちらまで誇らしい気分になった。酒を飲むたびに高揚感が増して、頭がふわふわした。彼の前なら少しくらい酔っても平気だろうか。昔もひどく酔うのはミヒャエルの前にいるときだけだった。流石にあんな醜態は見せられないけれど。
「エリー?」
頭が重くて、隣に座る彼の肩にずるずると寄りかかった。困惑したのがわかったけれど、身体を起こす気にはなれない。なんだかひどく幸せな気分だった。
「本当はさ…僕、ずっと君のことが好きだったんだ」
「っ、」
夢見心地で呟くと、彼の身体がぴたりと硬直した。ぼんやりと見上げると身体がぎゅっと抱き寄せられる。
「…僕も、君のことが好きだよ」
「え…本当に?…でも、君には恋人がいるんだろ」
「いいんだ」
薬指からシルバーの指輪を抜いてベッドの脇に置き去るのを呆然と見やる。ミヒャエルは、それでいいのだろうか。僅かに咎めるような視線を送ると、ふっと困ったように笑む。
「本当はね、もう別れたんだ」
「え?」
「告白されて付き合ってみたけど、何か違うなって思って。最近はそんなことばかりだよ」
「そう…」
どんな表情をすればいいのか迷ってしまう。ミヒャエルに恋をする立場としては彼に恋人がいないことは喜ばしいけれど、友人としては同情すべきだろうか。
「だからさ、君さえよかったらまた付き合ってくれないかな?」
「…ミヒャエルは、それでいいの?僕は昔君を振ったのに」
「君じゃないと嫌だよ」
真剣な眼差しにどきりとした。ずっと好きだったひとにそんなことを言われてときめかない人間がいるだろうか。こくりと頷くと優しく抱き寄せられた。
「ふ、ん、」
唇が奪われて、心臓が高鳴る。こんな風に誰かと口づけを交わしたのはいつぶりだろうか。熱い舌が入り込んできて頭がぼうっとした。懸命に腕を回して縋りつく。酒の混ざった口内は温かくて、脳が酩酊感に痺れる。
何度も口づけを交わした後、ひどく優しい手つきでベッドに押し倒された。なんだか夢を見ているようだ。夢見心地でぼうっとしてしまう。服をゆっくり脱がされて素肌に手が触れたとき、心の奥底から不安が這い上がってきた。
「や、待って…」
「君が嫌なら、何もしないよ」
どこか哀しそうな顔をする彼に首を振って答える。ミヒャエルとするのが嫌なわけではないのだ。
「その、僕…君と別れてからずっと一人だったから…」
語尾が勝手に小さくなってしまう。ずっと一人だったと告白するのはひどく恥ずかしかった。引かれたりしないだろうか。この年までずっと夜を過ごす相手もいなかったなんて。たくさんの人に愛されてきたミヒャエルとは違うのだ。
そっか、とごくごく小さい声が聞こえて目線を上げると、優しい笑みに迎えられた。
「大丈夫だよ、優しくするから」
「う、うん」
そう言われると安心させられてしまう。昔はそれが苛立たしくて悔しかったときもあったのだけど、今はただ安心できた。
ひやりとした潤滑油が秘所に触れて、思わず目を閉じる。閉じたそこにゆっくりと指が入ってきた。
「く、ぅん…っ」
久々の感覚にびくびくと身体が震える。けれど彼の手つきは丁寧で優しくて、恐ろしくはなかった。
「はぁっ、ん、んん…」
「声、我慢しなくていいんだよ」
ぎゅっと噛みしめた唇を優しくなぞられる。けれど流石にこの年齢で昔みたいにはしたなく鳴くのは恥ずかしい。
「…変わってないなぁ」
「んんっ!」
ぐり、と弱い部分を抉られて身体が跳ねる。電流が流れるような、懐かしく激しい快感。中を広げる指の感覚が鮮明に感じられて顔に熱が集まる。
「や、だ、だめっ、まだ…っ、ひ、っああああ…!」
どくん、と心臓の鳴る音。羞恥心で顔が真っ赤になる。ミヒャエルはどこか嬉しそうに微笑んでいた。かわいい、と笑い含みの声が言う。
「…君、少し意地悪なところは変わってないね」
「変わってた方が良かった?」
「…馬鹿」
思わず唇を尖らせて悪態をついてしまう。変わっていないことに安心したことくらい、ミヒャエルならわかっているくせに。格好良くなったとは思うけれど、昔と同じところを見つけるとひどく安心した。
「エリー、いい?」
「うん…」
ぴたりとミヒャエルの猛ったものが触れて、期待と不安で胸がいっぱいになる。
「ん、あ、は、はぅぅ…っ」
熱いものが中に入ってくる。じっくりと慣らされたせいか痛みこそは発しなかったものの、かつてのようにすんなりとはいかなかった。まだ快感よりは違和感が大きい。つっと汗が伝った。
「エリー、平気…?」
頬を優しく撫でるミヒャエルの顔もどこか切羽詰まっていて、初めての頃に戻ったみたいだと思った。なんとなくおかしくて口元が緩む。
「エリー?」
「大丈夫、心配しないで」
ふっと笑って黒髪を撫でた。ミヒャエルとするのだから、怖いわけがない。昔はそれこそ何度もしたことなのだから。
「ん、あ、あ…ふ」
彼の腰の動きが激しくなると唇が勝手に声が漏れた。深い部分を責め立てられて無意識のうちに締め付けてしまう。
「は、はあ、ん、ミヒャエル、好きだよ、昔から、ずっと…ん、んん!」
「…僕も、好きだよ。昔からずっと」
「ふぁ、あああああ…!あ、はぁ…そっ、か…あは、は」
なんだかおかしくて笑えてきた。こんなに長い間すれ違っていたのに、ずっと両思いだったなんて。本当に馬鹿みたいだ。とても長い回り道をしてきた。
「…結構余裕、みたいだね?」
「え、え!?あっ、ちょっと待っ…ひあっ!」
ずん、と急に奥を突かれて身体が仰け反る。まだ慣れていないのに。涙目で見上げると目の前の優しげな顔がどこか意地の悪い笑みを浮かべていた。なんとなく、懐かしい思いがする。
「ミヒャエルのばか。…すきだよ」
ぎゅっと背に手を回して、頬に唇を寄せた。離れていた時間を少しでも埋められたらいいと、そう思った。




「う…」
目を覚ましたら、見知らぬ部屋にいた。頭がガンガン痛んで、変に腰が重い。なんとなく覚えのある感覚。
「あ、れ…?」
疑問に思って身を起こす。そこで自分が服を纏っていないことに気づいた。慌てて見下ろした薄い身体には赤い痕がいくつも付いている。
酔った時の常だが、昨晩の記憶は朧気にあった。靄がかかっていた記憶は頭が覚醒していくのと同時に鮮明になっていく。
「ミヒャエル…?」
「うん」
「っ!?」
いつの間にか、ミヒャエルは二人分のカップを持って部屋に入ってきていた。湯気の立つカップには紅茶が入っている。テーブルにカップを置いた彼は、優しく微笑みながらベッドに腰掛けた。白い腕が伸びてさらりとエリアスの髪を撫でる。頬が朱に染まる。
「夢じゃなかったんだ…」
「夢、って。変なエリー」
くすくす笑うミヒャエルの声に顔が熱くなる。何度かこんな夢を見たことがあるだなんて、彼には絶対言えない。年を取って丸くなったとはいえ、矜持はあるのだ。何度も見てきた夢のように、ミヒャエルの姿がするりと溶けてしまったらどうしようと少し不安になる。
「わ、」
思わずぎゅっと抱きつくと、ミヒャエルが仰天した声を上げる。裸でこんなことをするのはひどくはしたないと思ったけれど、離れたくなかった。
「今だけ、こうしていてもいい?ここに君がいるのを確かめたいんだ」
「…エリーはさ、すっごく素直になったね」
ミヒャエルはどこか困惑したように微笑んでいた。応えるように笑いかけてみたけれど、どこか苦い笑みになってしまう。
「素直にならないと、大切なものをなくしちゃうから」
「…そっか」
大きな手が慈しむように頭を撫でた。彼の笑顔は相変わらず優しくて、前よりずっと大人びていた。彼と過ごせなかった十年間がひどく惜しいと思う。あの時間は自分たちにとって必要だったのだろうか。神ではないからそれは分からない。悔やんでも仕方ないのだ。
「もう、別れるなんて言わないでね」
「言わないさ、今度は」
ミヒャエルの大きな体に寄りかかりながら目を閉じる。ミヒャエルがそばにいてくれればそれでよかった。未来のことは分からないけれども、今はとても幸せだ。とりあえずは、それで十分だ。



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