頭のおかしいエリーとミヒャエルくんの話

おかしな子供に絡まれた。
入学式の直後、小さな子供に袖を引かれた。灰白色の髪の華奢な新入生だった。ミヒャエルの腰にやっと届きそうな小柄な子供。線の細い顔も体つきもあどけない頼りなげな風情だった。どうしたの、と屈んで聞くと無言で再び裾が引かれた。
素直について行くと人気のな廊下で杖を突きつけられた。あまりの早業に身動きもできなかった。戸惑うミヒャエルを気にかけることもなく、子供は口を開く。
「君はミヒャエル・ケスマンで合っているか」
幼い子供の容貌なのに問いかけは一人前の男のようだった。激しいギャップについ文句を言うのを一瞬忘れてしまう。
「いきなり何、」
「質問しているのは僕だよ。合っているのか違うのかだけ答えろ」
ひやりと首筋が凍り付きそうなほどに冷えた。明らかに一回生にしか見えないのに恐ろしいほどの魔力。三回生でも上位のはずのミヒャエルですらおののくほどの。
ため息をついて髪をかきあげる。なにやら面倒事に巻き込まれてしまったようだった。早く切り上げて去ってしまいたい。
「合ってるよ。確かに僕はミヒャエル・ケスマンだよ」
そう、と納得したようにうなずく。満足したのだろうかと安堵の息を吐いたが、続く言葉に凍り付いた。
「三回生でファーフニル寮、その隻眼は五才の頃の病気の為。身長は179で体重は58で合っているか」
「ちょ、ちょっと待って!なんでそんなこと…もしかして君ストーカー?」
「そんなわけがあるか」
吐き捨てるような言葉。けれどストーカーでなければ一体なんだというのか。例えミヒャエルを好いてくれていたとしても、こんな性格の子はごめんだ。そもそもミヒャエルにはずっと片思いしている相手がいたし。
「それから、教科の先生とは上手くいっているのかも答えてくれ」
「なんで知ってるの!?」
誰にも言ったことはないのに。ストーカーだとしたら本当に筋金入りだ。ストーカーの才能があるに違いないそんなもの要らないけれど。
こちらの考えが伝わったのか、子供は幼い顔に思い切り不愉快そうな色を浮かべた。間違っても好きな相手に向ける顔ではないな、と感じる。これは例えるなら敵を見る目だ。
「あのさ、僕君に何かしたっけ?ちょっと思い出せないんだけど…」
「何もしていない。なにも」
乾いた声だった。とりつく島もない感情のない声。頭が痛い。遠くで生徒たちのあかるい騒ぎ声が聞こえる。そちらに混ざって何も考えずに騒ぎたかった。どうして自分はこの子と二人きりで話しているのだろう。途方に暮れてしまいそうだ。
「僕はただ今回の誤差が知りたいだけだよ。…早く答えてくれ暇じゃないんだ」
「あのね…」
頭痛がする。なんて偉そうな子だ。初対面の先輩の、しかも男にこんな態度をとれるとは。貴族の子供というのはみんなこんなものだったかな、と自分と照らし合わせてみるがどうにもぴんとこない。
姿形は飾っておきたいくらい整っているのに中身がこれでは友達もできないのではないかと無駄な心配をしてしまう。せっかくの綺麗な顔が苦々しげな表情やあまりに高慢にすぎる態度のせいで台無しだ。
ミヒャエルは一つため息をつく。もうどうにでもなれ、と思った。
「あー…どこで調べたか知らないけどだいたい合ってるよ。先生とは、まだ付き合ってはない…けど」
語尾が小さくなる。どうして初対面の、しかも態度の悪い子供に自分の片思いについて語らなければならないのかと思うと情けないような気がした。
しかし、何故か言い触らされたり勝手に先生に伝えられるのではないかという危惧はさっぱりなかった。そんなことは絶対にしないだろう、という謎めいた確信。
やはりどこかで会ったことがあるのだろうか。けれどこの顔は一度見たら忘れそうにない。何かが喉につっかえているような違和感。
「…大体わかった。もういいよありがとう」
ずっと突きつけられていた杖が下げられ、感情の全くこもらない感謝の言葉とともに手がひらひらと振られる。犬猫でも払うような仕草だった。傍若無人ぶりもここまで来ると奇妙な感嘆すら覚える。
子供はノートに何事かを熱心に書き込んでいた。その小さな姿を見ていると奇妙に胸がざわつく。放っておいてはいけないような、そんな気が。迷惑を被ったのにどうしてだろう。自分でもわからない。
「ねえ、ちょっと」
「……」
掴んだ腕は子供らしい細さで力の加減を間違えたら折れてしまいそうだった。青緑色の瞳が胡乱げに睨み上げてくる。ミヒャエルにも何故こんな行動を取ったのかよくわからなかった。こんな変わった子とは一刻も早く離れた方が良いはずなのにそれができない。
激しく抵抗するかと思われた子供は何故か急におとなしくなって顔をうつむけた。それがよりミヒャエルの混乱を煽る。
なにか、何か言わなくては、と思って唾液を飲み込む。ええと、と困ったように髪をかきむしった。言わなければならないことがたくさんあるような気がして必死で探るのに、掴みかけたと思ったら霧散してしまう。苦しいほどにもどかしい。
いや、違う。何を言うべきかではなく、何が言いたいかとと言えば、
ミヒャエルはぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「その、もし何か困ってるんだったら僕も力を貸すからさ、だからそんなにピリピリしないでよ」
宥めるような笑顔を浮かべて明るく言った。初対面の変わった子だけれど、どうせなら睨みつけられるよりは笑ってほしかった。この子はきっと人との関係を築くのが苦手なのだろう。年上としてこちらから歩み寄ってあげよう。それに何故かこの子は放っておいてはいけないような気が先ほどからずっとしている。
俯いた子供は彫像のように硬直していた。灰白色の髪の間から覗く細いうなじが痛ましいほどに稚かった。奇妙な沈黙。やがてゆっくりと白い顔が上げられる。
背筋が凍り付いた。青緑色の瞳が底冷えのしそうな憎々しげな色を浮かべていた。顔立ちがひどく整っているからこそ恐ろしかった。
一体、何故。そんな、まるで憎い仇敵でも見るような目を。
問いかける前に桜色の小さな唇が開かれた。
「どうせまた忘れるくせに」
うそつき、と未発達な幼い声が呪いの言葉を吐いた。




周回エリーと毎回何も覚えてないミヒャエルくんの話



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