毎日病室でひとり、ぼんやりと過ごしている。
昔は色々なことがあったけれど、この病院に入院してからは穏やかなものだった。朝起きて、検診を受けて、食事を食べて、眠る。その繰り返しだ。入院してからどれくらい時間が経ったのかはわからない。自分の見た目はずっと変わらないし、色々な場所に売られてきたから時間の経過がよくわからなくなった。
今から確認しようにも、悪い薬や安酒のせいで目や耳がやられてしまっていた。特に目は顔がくっつきそうなほどに近づけられても相手が誰かわからないほど悪かった。だから病院に置き捨てられたのだとそう思っている。入院費用がどこから出ているのかはエリアスの知るところではなかった。どのみちそれほど長くは保たないだろう。医者の言葉は聞こえないけれど、自分の身体のことくらい分かっている。
いつものようにベッドの上でぼんやりと過ごしていると、個室のドアが開いた。検診の時間ではなかったような気がするけれど、医者か看護士だろうか。見舞いに来てくれる人などエリアスには一人もいない。
あれ、と思ったのはその人影の纏う衣服が白くなかったからだ。病室を間違えた見舞い客だろうか。
「   !」
その人影は何事かを叫んだようだった。言葉の意味はわからなかったが、耳に届いた音は低かったからおそらく男の声だろうとは思う。どうして自分の病室で叫び声を上げたりするのだろう。自分は彼に何かしてしまっただろうか。けれど自分はずっと病室にいたから、勘違いではないだろうかと思うけれど。
「       !」
男はベッドで身を起こしたエリアスに近寄って、更に何かを言い募った。ぼんやりとしか見えないけれど、男は黒髪で細身で、きっちりした服を着ているように見えた。身振り手振りが激しい。興奮しているのだろうか。必死で何かを伝えようとしているけれど、エリアスには分からない。ひどく申し訳ないと思った。
彼の顔があるところを見つめて、指で耳を指し示した。それからだめ、と示すためにバツ印を作る。目がほとんど見えていないことはたぶんこれだけ近づけばわかるだろう。何せ焦点が全く定まらないので。
男はしばらく立ち尽くしていた。エリアスは首を傾ける。もしかして知り合いだろうか。色々な記憶が埋没してしまっているし彼の顔もよくわからないから、誰なのかわからない。
「       」
「わ、」
思わず声を上げてしまう。抱き潰れてしまいそうなくらい強い力で抱き締められた。腕の中にすっぽりと収まってしまう。ぎゅうぎゅうと、まるですがりつくような抱き締め方だと思った。
一体、このひとは誰だろう。不思議に思って首を傾ける。自分のことをこんな風に抱き締めるような相手に心当たりはなかった。
こんな風にされていると、まるで愛されているような錯覚を覚える。だから、きっと人違いに違いない。エリアスを愛してくれる人などいるはずもないのだから。あなたの探している人は別人ですよ、と早く言わなければならない。けれど、抱き締められているのがとても心地よかった。しばらくの間だけ、こうしていてもいいだろうか。後できちんと人違いだと伝えるから、もう少しだけこのままで。
触れた場所から伝わってくる彼の体温が暖かくて目を閉じた。何故だかとても懐かしくて、ひどく幸せな気がした。





(ごめんなさい、僕はあなたの探している人じゃないですよ)



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