やっぱり君も結婚式に来ないかい、と言うとエリアスは困ったような顔をした。ミヒャエルは更に言い募る。
「先生も君のこと随分心配してたからさ、きっと会えたら喜ぶと思うんだ」
「…残念だけど遠慮しておくよ。今はそんな華々しい場に出られる立場じゃないしね」
「そっか…」
ミヒャエルはため息をつく。残念で仕方ない。せっかくの結婚式なのだから一番の親友にも来てほしかった。けれどエリアスの言うことに分があるのも事実だった。貴族は身分の差にとても厳しい。いくらミヒャエルの親友であるとはいえ今の彼の立場は平民と同じだった。
こんな式典のたびに置いていくのはとても寂しいから、エリアスをケスマン家の養子にでも取ろうかとひそかに考えている。きっと彼も反対しないだろう。そうなったら色々なことがもっとスムーズにいくはずだ。
ミヒャエルは笑顔を浮かべた。計画のことはきちんと段取りを済ませてから教えて驚かせてあげよう。それより今は結婚式だ。
「じゃあ写真を沢山持ってくるね。ドレスを着た先生はきっととびきり綺麗だと思うんだ」
そうだろうね、とエリアスが少し呆れたように笑う。学生時代から幾度と無く惚気話をして呆れられることもあったけれど、いつだって一番に祝福してくれていた。彼は本当に得難い、大事な大事な親友だ。
「それに君はこれからもこの屋敷にいるんだもの、会う機会なんていくらだってあるよね」
「…そうだね」
ほんの少しの間があったけれど、イエスの返事を返ってきて内心で安堵する。何せ今の彼はミヒャエル以外の人間とは滅多に顔を合わせないし、ミヒャエルも極力他の人間と関わらせないようにしている。エリアスはミヒャエルだけを見ていていればいいのだ。けれど唯一、ミヒャエルの愛する人とだけは仲良くしてほしい。学生時代の二人は決して仲が悪くはないように見えたし、これから同じ屋敷で暮らすのだから仲良くやっていけるだろう。
ミヒャエル、と名前を呼ばれて振り返る。あどけなさの残る綺麗な顔が微笑みを浮かべていた。
「幸せになってね」
「…うん!」
にっこりと笑って力強く頷いた。もちろん、夫として彼女を誰よりも幸せにするつもりだけど、先生と結婚する自分が誰よりも幸せになってしまうかもしれない。なんといっても、ずっと好きだった人と結婚できるのだから。祝福してくれた親友の為にも絶対に幸せになろう。これからのことを思うと楽しみで頬が緩んだ。




式場では随分と懐かしい顔ぶれに会うことが出来た。卒業してからはそれぞれがバラバラの進路を目指して旅立って行ったから、こうした機会でもないと会うこともない。二次会では学生時代のように、思い出話や苦労話をして盛り上がった。惚気話だけはブーイングが出てしまったけれど。
ウェディングドレスを着た新婦はこれ以上無く美しく幸福そうで、ミヒャエルはとてもとても幸せだった。今日はミヒャエルの人生で最良の日だ。そう言ったら呆れたような笑顔に迎えられた。自分も少しでも釣り合えるような立派な男にならなければ、と心の中で決意を固める。明日からもずっとずっと幸せな日々を送って貰いたいのだし。
そう、明日からは二人きりで新婚旅行へ行くのだ。計画をじっくりと練ったのだから必ず楽しいものになるだろう。新婚旅行は人生で一度きりだ。きっと素晴らしい思い出になることだろう。
シャワーのように浴びせられた祝福の言葉が一段落すると、友人たちからエリアスの所在を尋ねられた。親友なのなどうして出席していないのか、と。何も心配ないと笑顔で答えると彼ら彼女らも安心したようだった。彼の名誉に関わることだから家の事情については言わなかった。ミヒャエルの家にいることも秘密だ。ただ、共通の友人たちにだけは、エリアスが望むのなら会わせてあげてもいいかもしれない。その時にはミヒャエルも必ず一緒に立ち会う。いろんなことがあったのだ。これからは何者からも傷つけさせないように、守っていくつもりだ。
「…そうだ」
良いことを思いついた。
先ほどイギリスに嫁いだ友人から茶葉を貰ったのだ。ミヒャエルは紅茶の味がわからないから、高級品だと言われてもあまりぴんとこなかった。けれどよく見てみると、エリアスが好んで飲んでいた銘柄だった。貰い物で悪いけれど、彼にプレゼントしよう。
きっと喜んでくれるはずだ。学生時代によく嗅いだ薫り。懐かしさに胸が高鳴る。これを渡した時のエリアスの嬉しそうな笑顔を思い浮かべると、家に帰るのが楽しみで仕方がなかった。それから新婚旅行のお土産もたくさん買っていってあげよう。
もう一度、これを贈ってくれた友人にきちんとお礼を言うためにミヒャエルは立ち上がった。




君は賢い子だね、と男はにっこりと笑う。男は上機嫌だった。何せ、とても良い買い物をすることが出来たのだから。
グラスの中の赤ワインを飲み干し、隣でおとなしく座る彼の細い腰を引き寄せた。華奢な身体は簡単に腕の中に収まる。ねっとりした手つきで背や腰を撫でると細い身体が強ばった。
「ケスマン家の結婚式に参列してきたよ。なかなか盛大で悪くなかった。新郎新婦もそれはそれは幸せそうでねえ」
灰白色の長い睫毛が震えるのを笑んで見つめる。昔から気の強い頭のいい少年ではあったけれど、彼の心の柔らかい部分を知ってさえいれば、責め立てるのは簡単なことだ。昔ならいざ知らず、後ろ盾を無くした一人きりの彼はとても脆い。
「聞けば彼らは学生時代からの恋愛結婚だそうじゃないか。沢山の障害を乗り越えて、愛し合う二人が結ばれる、これ以上の幸福はない。そんな二人の幸福を引き裂くことは何よりも罪深いと、そうは思わないかね、エリアス?」
はい、と堅い声で返事がある。礼儀作法がきちんとしているところも男にとって好ましいところの一つだった。エリアスもかつては傅かれる立場だったはずだが、なかなかの適応力だと嘲り混じりの感嘆を抱く。
「そもそも、立派な貴族の若君と継ぐべき家を無くした君が友人のように振る舞っていることが既に分不相応だったとは思わないか?」
「…はい」
男は破顔した。そのくらいのことが分からないほど愚かでも、事実を認めず過去にすがりつくほど幼くもないらしい。頭の良い人間は好きだ。その頭の良さで自分が苦しむことになるとわかっていても、事実を事実として受け止めてしまう物わかりの良い人間はとても扱いやすい。
更に気分が良くなり、小さな頭を撫でてやった。エリアスはおとなしくされるがままだった。それでいい。玩具は従順な方がいい。
「落ち着いたら手紙の一つでも送ってやりたまえ。君を心配していた親戚が引き取りに来た、急なことで連絡が遅れてすまない、とでもね。大丈夫、彼は新婚だよ。新婦に夢中だろうから君のことなどそれほど気には止めないだろう」
男は優しく笑いかける。間違ったことは何一つ言っていない。男は確かにエリアスの遠縁の親戚だ。そもそも、貴族というのは大体において血のつながりがあるものだ。
彼のことは子供の頃からよく知っていた。幼い頃から美しい子供だった。ずっと昔に共に遊んでやったことすらある。その時から目を付けていた。今回、こうして手に入れられたのは僥倖だ。
「なに、これからのことは心配いらないさ。きちんとした食事も綺麗な衣服も与えてあげよう。何一つ不自由することはないよ。…ああ、この屋敷の外へ行くことはできないがね」
「…はい」
男の腕の中の、目を伏せて頷く白い顔を満足げに見つめる。どこか儚げな、清楚にすら見える美貌。色濃く出た妖精の血。
妖精の血の入った人間は年を取らない。ずっと美しいままの玩具だ。これから長いこと遊ぶことができるだろう。飽きたら好事家にでも売り飛ばせばいい。この顔立ちなら、きっといい値段になる。
飽きるまでのしばらくの間、たっぷりと遊ばせてもらおう。
「おいで、エリアス」
はい、とおとなしく返事をしてエリアスが男の膝に乗る。全く、良く教育されている。おかげで手間が省けていい。
男は口元に笑みを浮かべたまま、彼の清潔な白いシャツのボタンを一つ一つ、ゆっくりと外した。


   

ミヒャエルが新婚旅行から帰ってくると、エリアスの部屋は初めから誰もいなかったかのように片づいていた。
机の上に、彼を買った代金と同じだけの札束が積まれていた。



*← →#

TOP - BACK




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -