二年ほど前から音信不通だった親友の情報を聞いた。
彼の家の事業が失敗して多額の負債を背負うことになったと聞いて、すぐにあらゆる伝手を探って彼を探した。借金の形に売り飛ばされていた彼を金に糸目をつけずに買い取った。
買ったと言っても使用人にするつもりなどさらさらなかった。ただ側にいてくれれば十分だ。エリアスは昔から律儀な性格だったから、親友であるミヒャエルに対して敬語を使おうとしたけれど止めさせた。ミヒャエルさま、などと他人行儀に呼ばれるのは嫌だった。お互いの立場は随分と違ってしまったけど、彼は誰より大切な親友なのだから。
そう言うとひどく怪訝な顔をされた。君は僕の主人だろう、と真っ直ぐに返される。没落の憂き目にあっても変に頑固なところは変わらない。
だから仕事の相談に乗ってもらうことにした。言うなれば秘書のようなものだろうか。元々高等教育を受けてきた彼は理解が早く、実際に助けになった。やるべきことを見つけたからかどこか生き生きとしてきたような気もする。
毎晩二人きり、ミヒャエルの部屋で話をした。まるで普通の友達同士のように。まだ仕事に不慣れで日中は家を空けることも多かったけれど、絶対に夜には帰るようにした。
仕事の話が終わり、自分の部屋に戻ろうとする彼の白くほっそりした躰を抱き寄せた。石鹸の清潔な匂いがする。
「エリー、駄目かな」
甘えるように問いかける。強制したくはなかった。そんなつもりで買ったわけじゃない。
大きな瞳が戸惑うように揺れる。しばしの沈黙。細い身体を抱きしめたまま答えを待った。
「…いいよ」





ベッドまで手を引いて連れて行く。エリアスは服を丁寧に脱いで畳んだ。白い素肌が露わになる。ベッドの上で待ち受けていたミヒャエルの足の間にうずくまって、小さな頭を埋めた。
「…ん」
奉仕するように丁寧に舌が絡む。手慣れた仕草だった。彼は意外なほどに上手かった。赤い舌がちらちらと覗く。人形じみた美貌の彼がこんなことをすると、あまりのギャップに目眩がしそうになる。
共に学園に通っていた頃には誰より潔癖だったエリアスにこんなことを教え込んだのはどんな男だったのだろう。彼をはじめて抱いたのが自分ではないことに苛立ちを感じる。嫉妬混じりの怒り。
「ミヒャエル…?」
ミヒャエルの感情を敏感に感じ取ったのか伺うような視線が向けられる。桜色の唇が濡れていた。微笑んで柔らかな髪を撫でた。彼は何も悪くない。
「なんでもないよ」
そう、とどこかあどけなさの残る仕草で首を傾け、再び顔を埋めようとしていたエリアスの肩を引き寄せた。良くなかったかい、と不安げに問う彼に首を振る。笑みを浮かべたまま小柄な身体を押し倒した。白い顔が赤く染まる。
何度身体を重ねても初心で、そんなところが可愛らしくてとても愛おしい。穢れなくてどこまでも潔癖で清らかで。きっと彼の家が破産しなかったらこんな風に身体を重ねることもなかった。
潤滑油をたっぷりとつけた指を差し込む。何度解しても反発の強い身体だった。慎重に決して傷つけないように広げていく。
「ひぅ、ん、ん…」
声を出さないように唇を噛むのがいじらしい。無理しなくていいんだよ、と声をかけた。彼を食い物にしてきた連中とは違う。できるだけ優しくしたかった。
少しずつ指を増やしてばらばらに動かす。堅いしこりを重点的に責めると白い太ももが痙攣するように震えた。
指を引き抜いて、自分のものを押し当てる。緊張にか、細い身体が強ばった。
「ねえエリー、いいかな」
「…うん」
答えを聞くや否や、ぐいと腰を進める。傷つけないようゆっくりと緩やかに。痛みなど与えたくはない。ただ快楽だけを刻みつけたい。固く眼を閉じる顔をじっと見つめながらきつい締め付けに耐えた。
「入った、よ」
「ん…」
互いに安堵の息を吐く。がんばったね、と頬を撫でると僅かに微笑みが返された。赤く上気した頬が暖かい。
細い腰を掴んで律動を始めた。彼の弱い部分はもう完全に把握していた。耐えるようにぎゅっと閉じられていた唇から甘い声が上がるのにはそれほど時間を要しなかった。
「あ、んあ、や、ミヒャエル、」
切羽詰まったように名前を呼ばれるたび独占欲が満たされた。ずっとミヒャエルだけを見ていてほしい。他に彼を抱いた連中のことなど一生思い出してほしくない。もうどこの誰にも奪われたくない。
二年もの間、何をさせられて生きてきたかを知ったとき感じた激しい憤りと後悔を、もう二度と味わいたくなかった。
「大丈夫、僕はここにいるよ」
細い手首を優しく捕らえて腰を動かす。深く繋がった場所から激しい水の音が響く。押さえきれずに漏れる声が愛しくてずっと聞いていたかった。限界が近いのか、甘いだけだった声が悲鳴じみてきていた。
「うあ、あっあ、や、やだ、ぼく、も、だめ…!」
「好きだよ、エリー」
髪を振り乱して狂乱する彼の耳元でそっと囁いた。小さな唇が震えて、締め付けが強まった。快楽で目の前がちかちかする。
今にも達してしまいそうなのを堪えて、深く深く最奥を抉った。抱きしめた躰ががくがくと跳ねる。
「あ、ああああ…っ!」
「……っ!」
僅かに早く達した彼の中に、自らの欲望を吐き出した。




彼の人生をひたすら黒く塗りつぶしているような、そんな気がしている。
目を覚ますと、空はまだ暗かった。ミヒャエルがすぐ隣で寝息を立てていた。首を滑らせて時計を確認する。二人で寝入ってから二時間ほどしか経っていなかった。エリアスの眠りは浅い。浅くなった。この屋敷ではもう警戒しなくてもいいのだと頭ではわかっているのに、染み着いてしまった癖はなかなか抜けない。
二年の間に随分と弱く、卑屈になってしまった。なんとか学生時代のように振る舞って、ミヒャエルの知るエリアスを壊さないようにいつも必死だった。
こんな関係をずるずると続けるのは良くないのだとわかっていた。そうさせているのはエリアスだ。ミヒャエルはとても優しいから、自分が拒めば決して強要などしない。それなのに一度として拒まなかった。そうしてほしい、と強く望んでいるからだ。つまるところ自分は彼に欲情している。彼の腕の中にいると、もっとしてくれ、と懇願してしまいそうになる。ずっと離さないでいてほしい。誰にも言うことのできない薄汚い本音。
エリアスはひどい人間だ。彼には学生時代から恋い慕っている人がいると誰よりよく知っているのに、これ以上の裏切りはなかった。触れてほしい、という自分の勝手な我が儘が彼らの関係を壊してしまうかもしれないというのに。
自分を抱く動機が愛ではないことはよくわかっている。彼が自分に対して抱いているのはどこまでも純粋な友愛でしかなかった。それを歪めたのはエリアスのせいだ。再会したあの日、ひどくショックを受けていた姿が目に焼き付いている。よく見知った人間のあんな姿を見たことが、やさしいミヒャエルにとって心の傷になってしまったことは明白だった。彼は、だから自分を抱く。同情と慰めと、無理に歪められた友愛。
それをいいことに、本来なら彼の愛する人だけが得ることが出来るはずのものを横から卑しく貪っている。淫蕩で卑怯で狡い。彼が自分の本音を知ったら傷つくのだろうか。優しいから軽蔑はしないかもしれないけれど、失望するだろう。ミヒャエルが大金をはたいてまで救おうとしてくれた、あの頃のエリアスなどきっともうどこにもいない。今の自分は抜け殻だ。心も体も穢れきっているのに見た目だけは以前と変わらないから、なんとかミヒャエルを騙すことが出来ている。
ミヒャエルの隣に置いてもらって、時折抱いてもらえるのが心地よくてたまらなくて、ずるずると拒むこともせずに側にいる。吐き気がするくらい自己中心的だ。友達のように扱ってもらっているだけで分不相応なくらいなのに。
一体、いつからこんな風に弱くなってしまったのだろう。帰る家を無くした時だろうか。信じていた人に売り払われて、はじめて男に犯された時だろうか。それとも、彼に再会してしまったあの日だろうか。たった二年でとても沢山のことがあった気がする。大事なものをたくさん無くして、自分自身さえも見失った。もっと強い人間だと思っていたのに。あの頃の自分が今の自分を見たらどう思うのだろう。一生懸命に力を尽くせばなんとかなると思っていた幼い愚かしさと真っ直ぐさ。懐かしさと情けなさで涙が出そうだった。やっとすくい上げてもらった居場所で罪を重ねて恩を徒で返している。
眠る彼を起こさないように静かに隣を見やる。ミヒャエルは幸福そうに眠っていた。それだけが救いだった。もし、もしも彼の幸福を壊しそうになったらこの家を出て行くと決めていた。それだけが最後に残った良心だ。自分にそんなことを思う資格はないのかもしれないけれども、彼には、彼だけには幸せになってほしかった。
何も知らずに眠る白い頬を撫でた。愛おしさで胸が詰まる。
やっぱり君はぜんぜん変わってないね、と嬉しそうに言った彼の笑顔がとても嬉しくて、愛しくてたまらなかった。その言葉だけがエリアスに明日への希望を与える。
君が友達と言ってくれた僕はもういないけれど。
「ミヒャエル、…好きだよ」
彼が起きているときには決して言えない罪深い言葉を、そっと口にする。



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