傲慢な男の話



好きな人がいました。
彼はみんなに好かれて、また彼もみんなを好いていました。
世界に愛されているような、そんな人でした。


彼に愛される世界が憎かった。彼に好かれるみんなが憎かった。
だから私はすべてを遮断しました。
誰だって嫌なものなどみたくないのです。


けれど彼はそんな私を愛していると言ってくれました。わたしだけの為にやわらかい笑みを浮かべてくれたのです。
とても捻くれていた私は、どうせ私はみんなと同じなのだろうと一人で怒って悲しんで絶望しました。

そんな私に彼は、私を、私だけを愛しているといってくれたのです。
とてもとても嬉しかった。けれど、それと同時に私はとても怖くなりました。

私以外に向ける好意に、いつか心変わりをして私じゃない誰かを愛するかもしれないと。
実質、彼はたくさんの人間に好かれていましたから。
彼を慕い、私を嫌う人間もたくさんいました。


投げられる暴言や非難するような視線の嵐。
怖い、怖いと恐怖でいっぱいの私に彼は心配そうにそばにいてくれます。
それを見て、また私を睨みつける視線がひとつふたつと、とても数え切れません。


だから私は。


(私を愛して、私だけを愛して)

(他の人間なんかどうでもいい。世界なんていらない必要ない)

(あなただけがいればそれでいい。あなた以外いらない)



勢いに任せて、彼を閉じ込めてしましました。そうした私の我儘を彼は静かに受け止めてくれました。拒否しようとすればできたのに、ずっとそばにいてくれたのです。

あなたと私の二人だけの世界。
そこは小さな楽園でした。

けれど、その楽園もあっという間に消えてしまった。



彼のさいごの姿が目に焼き付いて離れません。
やはり彼は自分とはともにいてはいけなかったのかも知れません。
後悔でいっぱいのわたしに彼は、心から愛しているよと言ってくれました。



ねぇ、名前。

もしも、周りをもっと見て世界を愛することができたなら

ふたりとももっともっと、

今よりももっと幸せになれたかなあ




傲慢な男の成れの果てか



(そんなこと今更思っても、仕様がないことだけれど)




[ 10/12 ]

[*prev] [next#]