愛を囁く男の話



あれはたぶん物心ついた頃くらいからだと思います。

毎晩毎晩、何度も同じ夢を見るようになりました。
これは所謂前世の記憶とやらなのかもしれません。


見覚えのない場所で、自分ではない自分が一人の人を愛していました。
けれども夢の中の自分だと思わしき男は、とても視野が狭く傲慢な人間だったのです。
世界の中には自分とあの人だけがいればいい、他にはなにもいらない、必要ない。
要らないものは消してしまえ。

見ていて吐き気がするほど嫌な人間だったのです。


そんな男に唯一愛された人間は、自分だけを見て愛してと閉じ込められて束縛されて、終いには、その視野の狭さが、傲慢さが、たった一人だけだった、かけがえのない愛しい人をなくしてしまいました。


(もしも、周りをもっと見て世界を愛することができたなら、)

(ふたりとももっともっと今よりももっと幸せになれたかな)


愛しい人の最期の言葉に、男はただ悲しみに暮れるだけ。
そして、今まで以上に世界を拒絶して絶望して諦めてしまった哀れな男の結末なんてただひとつ。

そしてそこでいつも夢から覚めるのです。


(―――周りを見て、世界を愛して)


今度はその言葉通りに、周りを見て、世界を、全てを愛そうと思いました。


(―――今度はふたりで幸せになれるように)



あんな結末はもう二度とごめんですから。





まず、自分の周りを見てみれば、いろいろな人のいいところが見えてきました。だから、あなたのこういうところが、好きです。と知り合う人間に告げていきました。誰しも、自分の事を見てくれて、好意を持たれて嫌な人間など滅多にいません。
そして自分が好きだと告げると相手も好きだと笑ってくれます。

告げる好意に悪意が返ってくることはほぼありませんでした。

ああ、これがあの人が望んだ世界なんだろう。
確かに、夢の中の男の排他的な世界など吹き飛ぶ程にこの世界は綺麗なものでした。


(あぁ、この世界でならあの人を幸せに、)

(今度こそふたりで幸せになれるかもしれない)


それから数年が経ち、もっと世界を知ろうと、愛そうと忍術学園に入学しました。
そこで沢山の事を学び、かけがえのない大切な友人を得ました。頼れる先輩も得ました。自分を頼ってくれる可愛い後輩も得ました。

そして一人の少年と出会ったのです。



一年から同じ組だった生き物が大好きな友人が連れてきた一人の少年。
夢の記憶の姿とは違いましたが一目であの人だとわかりました。

頭の中で告げるのです、これはただ一人の愛しい人。
そして記憶とは別に少年も一目惚れをしていました。


(この世界でなら)

(今度こそ、きっと)


「俺、久々知のこと、愛しているよ」


ふと、昨日の事を思い出した。

ずっとずっと言いたかったことを漸く伝えることができてとてもうれしかった。
友人達には好きだと言ってきたけれど、愛してるなんて初めて言った気がする。
久々知はどう思っただろう。顔を真っ赤にしてて、でも嫌な顔はしてなかったから嫌われてはないよな。

考えるのは久々知のことばかりで、何時もより落ち着きのない俺に気づいた立花先輩が俺をからかってくる。
けれどそれは弟に接するような、温かいものだったから、「実は後輩思いな先輩のそういう所、俺好きですよ」なんて告げて、聞きなれたいつもの台詞に立花先輩も笑っていた。
そこに綾部が、自分の事も好きですか?と聞いてくるので、当然のようにもちろんと答えた。

大好きな友人たちに大好きな先輩に大好きな後輩、そこに大切な久々知がいて、なんて幸せな世界なのだろう。



(なんだかすごく、久々知に会いたいなぁ)

そんな俺の考えを読んだかのように、ふと視線を感じて振り向けば、そこには愛しい人の姿。


笑う顔がいつもより緩いのも、
(ハチに突っ込まれてからかわれたのは少し前の話で)

彼を呼ぶ声が自分でも思った以上に甘いのも、
(それを自覚したとき、思わず苦笑いしてしまった)


仕方ないだろう。

だって、あなたが望んだように、自分も心から愛しているから。







これが貴方の望んだ世界。




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