次の逢瀬に想いを馳せる




音を立てずに廊下を走る。
目的地である保健室に着き、また来てるかな?と保健室の扉を開けて覗いてみれば、そこにはやっぱり、雑渡さんの姿。


「おや、名前くん。こんにちは」

「こんにちは、雑渡さん」


俺に気付いたらしい雑渡さんがこちらを見て挨拶をすれば、また来てるんですね、なんて返す。
あの日の出会いから数日経って、今ではこのやり取りは日課になりつつあった。

ちょっとお茶目で面白くてやさしい雑渡さん。曲者なはずなのにそんなそぶりをまったく見せないせいか、後輩達も懐いてるし、伊作もなんだかんだ言っては一緒にお茶飲んたりと和んだりしてる。

それに毎回お土産といっては、お団子やらお饅頭やらくれる。
甘味大好きな俺としては二重に大喜びだ。

お互い男同士だし、何より自分は雑渡さんから見れば子供。
そういう対象として見られてないのはわかってる。
(でも、会って話すくらいは…いいはず)

なんて一人で納得しながら向かうのは、いつもの保健室。
いつものようにそっと扉を覗いてみれば其処にはやっぱりいた。雑渡さんと、…伊作の姿。
何故だか胸がざわつく。別におかしくなんてない。伊作は保健委員だし、だから雑渡さんと親しいのもおかしくない。
おかしくないのに、

傍から見てもわかる。

(雑渡さん、すごく、楽しそうだ)


忍がそんなに感情を表に出して良いんですか?
そんなに楽しそうに、愛しそうな目をしていたら誰だってわかりますよ。
たった数日だけだけど、ずっと見てた俺にわからないはずないでしょう?


(雑渡さん、伊作のこと好きなんだ)


それから保健室に顔を出すのを一切止めた。

流石にあからさまだったのか、伊作は度々心配して声を掛けてくれる。
その度に、何でもないよと笑顔で答えれば心配そうな視線をくれるけれどそれっきり何も言ってこなくなった。


だって、知ってしまった。
自分のドロドロした気持ちに、気付いてしまった。

(何が、会って話すくらいは…だ)

本当は自惚れていたんだ、もしかしたら、本当は…なんて。
そんな可能性すらなかったのに。


伊作は大切な親友だ。だから、俺は伊作の良い所をいっぱい知ってる。
雑渡さんが伊作を好きになっても仕方ない。

でも、それでも、雑渡さんのことを好きな自分がいてどうしようもない。


(とりあえず、落ち着くまで距離を置こう)


そう、思っていたんだ。

なのに、なんでこんなことになったんだろう。




「名前くん」

いつものように保健室を避けて移動していたら声を掛けられた。ここ最近聞いてなかった声。
久しぶりですねとか、なんでここにいるんです、とか普通に話せばいいのに言葉が出ない。


ただじっと俺を見ている雑渡さんに耐え切れず、逃げる様に通り過ぎようとしたら行き場を塞ぐように目の前に降り立った。


「最近顔をみないね?」

「…保健室に行く用事ありませんから」

「今まで何度も顔を出していたじゃないか。お土産だって持ってきているのに、君は甘いものが好きだろう?」

甘いものがすき、俺の事を知ってくれているんだと嬉しくなると同時にモヤモヤが広がっていく。



「お土産なら後輩達に渡してあげてください。とても喜びますから」

「君に今度買ってくると約束したものもあるんだが?」

「…いいです、伊作にあげてください」


やさしくしないでください。
貴方に優しくされる度に、自分の中で雑渡さんの存在が大きくなる。

そんなこといけないのに。
好きになっちゃいけないのに、どうしてそんなに俺を惑わせるんですか。


「どうやら、私は嫌われてしまったみたいだね…君に何かしてしまったかな?」

「別に何もしてないです。…雑渡さん忍び組頭なんですよね。いいんですか、こんな所で油売ってて」

「仕事はきちんとしているよ、心配しなくていい」


貴方はひどい人です。
そう思っているのに、そんな風に優しく笑われると、どうしたらいいか分からなくなる。


「べ、別に心配しているわけじゃないです…雑渡さんって子供好きなんですか?」

「どうしてだい?」

「だって、よく此処にきてはお土産をくれるし、やさしいし」

「やさしい、かな?」


貴方は優しい人です。
だから、今も俺はこうして貴方を思って苦しんでる。ひどくて、やさしい人。


「ええ、伏木蔵達も雑渡さんに懐いてますし、やさしいと思います」

「じゃあ、君は?懐いてくれていたんじゃないのかな?」


どきりとした。
もしかして、俺の気持ち知っている?知ってて、こんなに優しくするんですか。それは、俺が、伊作の友達だから?


「…そうですね。やさしくて良い人だと思います」

「…そうかい」

「ええ……あの、」

「うん、何かな?」

「そんな風にみんなに優しくしてると、伊作に気づいてもらえませんよ?」


そんな風に俺に優しくしても、駄目ですよ。
それじゃ俺が好きになっていくばっかりで、意味がないでしょう?


「伊作くんに?」

「はい。ちゃんと、その、本気で口説かないと伊作は気付かないと思います」

「口説く?…ああ、なるほど」


納得したらしい雑渡さんを見て安堵した。

早く伊作に想いを告げて、俺を諦めさせてください。
そうすれば、きっと笑って見守ることができるはず。


このモヤモヤも、晴れる、はず。


「はい、だか「じゃあ、本気出していいんだね?」


「え?」


「ああ、どうやらそろそろ行かなきゃいけないみたいだ。
約束のお土産は保健室に置いておくからきちんと食べるんだよ?君の為だけに買ったんだから。それと、」



――――次会う時は、覚悟しておいてね。



いつの間にか胸のモヤモヤは消えていた。

彼の最後の言葉の意味を何度も考えてみたけれど、結局わからなかった。
ただ、彼のその目はいつもと同じように笑っているはずなのに、とても今まで保健室で和んでいた人とはかけ離れていて、肉食獣のようなソレで。


彼が周りから曲者だと言われていたことが漸く理解できた。



(まるで喰われてしまうんじゃないかと思ってしまった)






次の逢瀬に想いを馳せる



(尊奈門、)
(何ですか組頭?)
(前にした話、覚えているかい?)
(話?…ああ、気に入った猫を手懐けるにはどうしたらいいってやつですか?)
(うん、そうソレ…やっぱり直球で行った方がいいみたいだ)
(…直球ですか)
(うん。その猫直々に本気を出してくれって言われてしまったからね)
(そうですか…(誰だか知らないけどがんばれー))


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