そして全てを諦めた
男は心から慕ってました。
所謂一目惚れというものでした。
初めて出会って惹かれた人、そして初めて愛をくれた人。
知り合って暫くして、仲良くなった友人に愛を告げられて、その時何も言えませんでした。
嬉しくて、嬉しくて、とても言葉に出来なかったのです。
翌日のことでした。
自分は彼に返事をしていない。早く自分も好きだと伝えなければ、と急いで彼を探しました。自分も好きだと、実は一目惚れだったと告げたら彼はどう思うだろうか、喜ぶかな、驚くかな。
どうあれきっと笑ってくれるに違いない。
なんだかくすぐったい気持ちを抱えて友人を訪ねてみれば、委員会に呼ばれていったと聞いて、彼がいるであろう場所に向かっていきました。
なんだか自分の足がいつもより軽い気がしてとても楽しく思いました。
通りかかるたびにすれ違う友人たちに笑顔で挨拶をかわしては、ずいぶんご機嫌だな、なんて言われてさらに自分が笑顔になるのがわかります。
よく知った気配を感じてさらに駆け足で走って、漸く見つけた彼は、
「先輩のそういう所、俺好きですよ」
笑顔で自分じゃない相手に好きだと告げていました。
(え?)
「名前先輩、私は?」
(あれは、何だ。)
(だって、名前は)
「うん?もちろん、綾部のことも好きだよ」
(名前は、俺を)
「私も名前先輩がだーいすきです」
あんなに軽かった足が急に重たくなってしまいました。
あぁ、なんだ。
何を勘違いしてたんだろう。
そうだった、彼はいつも皆に好きだと言っていたじゃないか。
柔らかな笑みを浮かべて、心地よい声色で、いつかハチが彼は天然タラシだよな、なんて笑って話していた。
自分も其処にいたじゃないか。
(微かに痛む胸に気付かないふりをして)
彼自身も、「俺はホントに皆が、この世界が好きだからね」って、言ってたじゃないか。
何を一人で舞い上がってたんだ、馬鹿みたい。
絶望して、
(勘違いした自分が恥ずかしい)
嫉妬して、
(自分だけじゃなかったんだ)
自分に愛を告げたと思っていた男が振り返り、自分に向かって笑いかけました。
「久々知!」
自分の名前を呼ぶ声も、
(少しだけ甘さを含んだように感じたのは気のせいか)
柔らかな微笑みも
(その頬がいつもより少しだけ赤く感じるのも)
(―――――――――俺、久々知のこと… )
全部全部、勘違いだったんだ
そして、全てを諦めてしまいました。
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