某生物委員の災難



毎度のことなのだが、三年い組の伊賀崎孫兵の溺愛する毒蛇ジュンコ含む毒虫達が総出で逃げ出した。
現在、生物委員全員で捜索中している最中だ。
折角こんなに天気もいいんだし、騒ぎが大きくなる前に早く捕まえて生物委員の皆でお茶でもするかな。
我らが生物委員会委員長の苗字名前先輩もきっと賛成してくれるだろう、なんて考えていたら声をかけられた。


「おーい!竹谷!」


七松小平太先輩だ。その横には中在家長次先輩。
後ろの木にボロボロになった体育委員達の姿があるのは…うん、見なかったことにしたい。しかし声をかけられてしまった以上返事をしなきゃいけないわけで、


「どうしたんですか?」


近づいて行くたびにボロボロの滝夜叉丸達がはっきりと見えた。
おそらく毎度の事ながら裏裏山とかあたりまで付き合わされたんだな。見事に全員気を失っている。

相変わらず元気なのは七松先輩くらいだ。こういうのを見るとホント自分が生物委員で良かったと思う。名前先輩は優しいし。良い先輩に恵まれたよな俺。
うんうんと頷いている俺に七松先輩がとんでもない事を言い出した。


「今からドッジボールをしよう!」


全力で聞かなかった事にしたいです駄目ですかそうですか。




「いや、今逃げ出した毒虫を探しているんで」無理です、すみません、勘弁してください。
息継ぎせずに一気に伝えると何かを考えているらしい七松先輩は、わかった。と言って、



「じゃあ見つけたら捕まえといてやるから、ドッジボールするぞ!」


輝く笑顔に俺の顔が恐怖で引きつったのは言うまでもない。
呆然としている俺の立っていた位置を囲むように四角い線をさっさと引いた七松先輩は、いけいけどんどーん!と叫びながら、


「よーし!じゃあ竹谷は内野な!いくぞー、長次!」


元気よくボールを構えた所で慌てて待ったをかける。


「…え、ちょっ!ちょっと待ってください!!!内野、俺だけ!!!???」


しかしそんな待ったも気にしなかった七松先輩は全力投球。ビュンッと顔の横スレスレに飛んで行ったボールに息がとまった。俺、死ぬかもしれない。

飛んで行ったボールを取りに行っていた中在家先輩が戻ると、涙目の俺に気付いたのか七松先輩に話しかけている。学園一無口なだけあって何を言っているのかまったく聞こえない。
何度か会話らしいものをしていた先輩方は話が終わったのか、七松先輩が此方を振り返った。


「確かに竹谷一人相手じゃすぐ終わりそうだな。よーし、竹谷!味方を一人呼んでもいいぞ!」


どうやら中在家先輩はこの状況に助け舟を出してくれたようだ。どうせなら止めてほしかったんだけど…。
まぁ、何にせよ、味方を探しに行くふりをして逃げよう!と、ちょっと喜んだ俺だったのだが、


「そこら辺を通りかかった奴に声をかけて仲間にしろ!それじゃーいっくぞー!」

慈悲なのか無慈悲なのかわからない言葉と共に再びドッジボールは始まったのだった。





無理だ。無理だろコレ。


なんとかボールを避けながら、周りを見るけれど不思議なくらいに人が通らない。
七松先輩のいけどんと俺の叫び声やらドッジボールにしては重すぎるボールの地面にめり込む音であえて誰も来てないに違いない。

やばい、コレもう俺死ぬ。死んだ。

中在家先輩のトス→七松先輩のアタックの連続は的確に俺を狙っていて避けるのも本当にスレスレであちこち擦り傷ができている。
ふと額から流れる汗が目に入ってしまい一瞬動きが鈍った俺に七松先輩のアタックする姿がぼんやり見えて、とっさに目を瞑りふっと頭に浮かんだ人物に叫んだ。


「名前先輩っ!!!助けてください!!!!!」


バシン!!とボールが何かに触れる大きな音がしたけれど自分はどこも痛くないのに気付いてあれ?とそっと目を開けると縋る思いで助けを請うた名前先輩が目の前にいた。

先ほど顔面を狙っていたボールは名前先輩の手に収まっている。
そういえばトスするのが中在家先輩でアタックが七松先輩ならブロックは名前先輩の得意技だと思い出したのだった。


「大丈夫か?八左ヱ門」

俺を見てふんわり笑う先輩の背中に後光が見える。
言葉もなく感動している俺の頭をそっと撫でながら、ボロボロだなぁなんていう先輩に安堵して同時に頬が熱くなるのがわかった。


「なんだ名前!委員会はもういいのか!」

「小平太。その委員会中のはずのうちの後輩に何してるんだ?」

「ドッジボールしてた」


悪びれた風でもなく笑顔で告げる七松先輩に名前先輩が苦笑いをする。

思えば、名前先輩は七松先輩の幼馴染で付き合いが一番長いんだった。
だから七松先輩の暴走にも慣れてるんだろう。何故か先輩が一際甘やかしているのも七松先輩だし。
確かに、七松先輩にとっては全然悪気はないんだろうけど。
でも、だからこそ余計にタチが悪いんだ。

悪かったな、八左ヱ門。とすまなそうにしている名前先輩に複雑な気持ちになりながらも、助けてくれたことにお礼を言った。


「名前!!ボール投げろ!」


「・・・まだ続ける気か?」


「当たり前だろう!まだ竹谷は当たってないからな!」


やる気満々な表情の七松先輩を見て胃がキリキリしてきた。
名前先輩を見ると、じっと七松先輩を見ていたらしい先輩はそのまま中在家先輩と顔を合わせてお互いに頷いた。


「八左ヱ門、悪いがもう少しだけ付き合ってあげてくれ」

「…へ?」

「大丈夫だ。逃げた虫達はちゃんと捕まえたから委員会の心配はない。それに、八左ヱ門は俺が守るから」


ニッコリ笑う名前先輩に反抗できるやつがいたら是非とも見てみたい。

こうして再びドッジボールは始まったわけだが、今までのモノとは比べ物にならなかった。



先ほどとは比べ物にならないくらいに七松先輩のアタックが重い。地面にめり込むボールの深さがそれを物語っている。
名前先輩はさっきの言葉通りに俺を庇いながら、ボールを受け取る姿がすごかった。
七松先輩の幼馴染なだけあって慣れているのかその動きに無駄はない。
それを尊敬の眼差しで見ている俺に名前先輩は疲れを見せない笑顔を見せてくれる。


それと同時に、俺が名前先輩を見る度に、そして名前先輩が笑顔を見せてくれる度に七松先輩のボールの勢いが増しているような気がする。
何故か相も変わらず集中的に狙われている俺はその殺気ともとれる気迫に胃が痛くなってきた。

散々動いたので限界が来たのか(だって今までの実習課題とは比べ物にならないこの疲労感!)
あと、胃の痛みも重なって足が縺れて倒れそうになった俺を名前先輩が抱きとめ、大丈夫か?と声をかけてくる。

そこで七松先輩の殺気ともとれる気迫がハッキリと殺気に変わった。

ビリビリと肌をさすこの圧迫感に息をするのも忘れて動けなくなる。
その一瞬、七松先輩がアタックしたボールが飛んでくるのに気付いた名前先輩がボールを受け取めようとした。
けれど、俺を抱きとめていたのもあって体勢が悪かったのか、先ほどとはボールの勢いが強すぎたのか、勢いを殺したボールは名前先輩の腕からこぼれて俺の肩に当たって落ちた。


名前先輩のため息と中在家先輩がボールを拾って七松先輩の所に行くのが見えてようやく地獄のドッジボールが終了したのがわかった。

呆然と座り込んでいる俺を見た名前先輩が、手を貸してくれてゆっくりと立ち上がる。


「八左ヱ門、疲れている所を悪いが長次と一緒に滝夜叉丸達を保健室に連れて行ってくれないか?」

「…は、はい。わかりました」

「ありがとう、八左ヱ門。今日はもうゆっくり休めよ」


何だか苦笑いしている名前先輩に首を傾げながらも、中在家先輩が滝夜叉丸と次屋を両脇に抱えているのが見えて慌ててそちらに向かった。
ちょっと体の節々がギシギシと音を立てているけど、それを我慢して同じ様に時友と皆本を両脇に抱えた。

そういえば七松先輩は?と振り返ろうとした俺は中在家先輩に促されて保健室へ向かったのだった。


何事もなく体育委員を保健室に送り届けて中在家先輩と別れた後、フラフラになりながらも部屋に帰った俺は、やっぱり怒涛のドッジボールが行われていたのを知っていたらしい兵助達によって敷かれた布団に倒れるようにして眠った。

労わるような言葉をくれる雷蔵や豆腐をくれる兵助、そしてお前も災難だなと人事のように言って笑う三郎に、文句よりも何よりも、疲れた…。






そして、その後の暴君と先輩は?


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