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静かな店内にその声は響き、それに応えるかのように彼がこちらへ向かってくる。

「お前は、この前の絡まれていた…」
「はい、苗字名前といいます。先日は助けていただいて本当にありがとうございました」
立ち上がり頭を下げる。

「いや、あのあと何もなければいい」
そう言って当たり前だが別の席に座ろうとする古市さん。
図々しいかも知れない、嫌がられるかも、でも偶然会えたこの機会を逃したくない。古市さんのこともっと知りたい。

「あの、よければご一緒にどうですか…?」

古市さんは少し思案し、店内を一回り見渡し周囲を確認したあといいぞ、と呟いた。
「え、いいんですか?」
「提案したのはお前のほうだろう」
驚いた。まさか本当に相席をオッケーしてくれるとは思わなかった。

「そうなんですけど、嬉しいです。ありがとうございます」
思わず笑顔になった私は古市さんにメニュー表を差し出す。

メニュー表を見てしばらく悩んでいた古市さんだったが注文が決まったようで、店員さんを呼びホットコーヒーとホットサンドを注文している。それと同時に、私が注文していたものが運ばれてくる。
「先に食べていいぞ」
「いえ、待ってますよ」
紅茶冷めるだろ、と言われたので紅茶だけは先にいただくことにした。

それ、買い物帰りか。今日は絡まれなかったか?とショッピングモールの紙袋を指さしながら古市さんは言う。
「はい、明日お芝居を観るんです。そのために春服を新調しようと思いまして、というか、私そんなに絡まれることってないですからね」
まるで頻繁に変な人に絡まれている、と言いたげだったので思わず訂正する。

「芝居?好きなのか?」
「今まであまり興味はなかったんですけど、この前面白そうな劇だなと思って思わずチケット買っちゃいました」
さすがにフライヤーを配っていたお兄さんがイケメンだったから思わずチケット買いました、なんて言えず、面白そうだと興味を惹かれたのも嘘ではないのでそう答える。

するとどこの劇団だ?と意外に話に食いついてくれた。
「MANKAIカンパニーっていうところです。明日が春組の旗揚げ公演らしいですよ」

そう言うと古市さんの目が微かに見開く。
それと同時にどこか遠くを見て一瞬ふわりと微笑むものだから、私の目は彼に釘付けになる。

…この顔だ、優しくて、慈しむような目をしている。私があの時恋に落ちた瞬間の表情そのものだった。古市さんが何を思い出してこの表情を見せてくれたのかは分からない。でも、私はこの優しげな表情が大好きだった。



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