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あれだけ絡んでおいてこんなとはひどい言い方をされたものだ。そう考えていると、男性はいまだ言葉を発そうとしないため、二人の間に沈黙が訪れる。

気まずくなり、男性に、助けてもらったお礼を言っていないことに気づいた。

「助けていただき、ありがとうございました」
振りほどけなくてどうしようか困っていたんです。そう曖昧に笑いながらお礼を言う。


「いや、通りがかった時に気になっただけだ。このあたりの路地裏はめんどくせぇのが多い。昼間といえど大通りを歩くことだ」

男性はぶっきらぼうに呟いた。


「助けていただいたお礼がしたいのですが、このあとお時間ありますか?」

「悪いな、まだ仕事の途中だ。それに礼はいらねぇ」

まだ仕事中だったのね…お仕事の途中にも関わらず助けてもらったことに、なんだか申し訳なくなった。


そういうことだからじゃあな、そう言って彼は去っていこうとする。もしかしたら急ぎだったのかもしれない。ここで引き止めたら迷惑だろう、そう思い私はもう一度お礼の言葉を述べる。

「あぁ、もう変なのに絡まれるんじゃねーぞ」
そう言って男性はふわりと笑った気がした。そう、気がしたのだ。一瞬のうちに先ほどと変わらない無愛想な顔に戻ったので見間違いかと思ってしまった。


しかしあれは見間違いではなく、気づくと男性に目を奪われてしまい、真顔に戻ってもなお視線を逸らすことができなかった。


あ?という男性の不機嫌そうな声で我に返る。少し怪訝そうな顔をしたが、一瞬のうちに興味は失せてしまったようで、じゃあな。と言ってスタスタと歩き出す。

「せ、せめて、お名前だけでも…!」
慌ててそう口走った私に、少しの沈黙のあと、古市左京だ、という声が聞こえた。

言い終わったと同時に、今度こそ用はないだろうと判断したのか、男性は去っていった。



仕事中にも関わらず、私をわざわざ助けてくれた、口調は荒かったけれど、一瞬の笑顔が今まで見た誰よりも綺麗だった男性は、古市左京さんというらしい。

ふるいちさきょう、その言葉を口にするだけで、私の心臓が どくん とひときわ大きい音をたてる。それは間違いなく恋の始まりだった。



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