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「まず乾杯しますか…?」
「別にいいが何についての乾杯なんだ?」
それを考えていなかった。どうしよう、必死に考えを巡らせていると古市さんが助け舟を出してくれた。
「苗字がここの外観にテンションが上がっていたのがなかなか面白かったことに、乾杯」
「そ、そんなのに乾杯しなくていいです!古市さん!」
そう焦って言うが、カランっとグラスを合わせられてしまってはなにも言えない。
仕方なく私も乾杯、といってお酒を進める。

古市さんのおすすめということもあって刺身は本当に美味しかった。身が引き締まっているのに脂がほどよくのっていて、とても贅沢な気分に浸る。
大学の友達とのご飯はどうしてもイタリアンとかに偏ってしまうので、こういう素材の味をしっかりと感じるような、落ち着いた雰囲気のお店でご飯というのは珍しかった。
もちろんイタリアンにはイタリアンの良さがあって好きなのだが。
二人の間に会話がない時でも気まずくならないのは、古市さんの雰囲気が落ち着いているから、というのも要因のひとつかもしれない。

「苗字、」
あらかた食べ終え、お酒を楽しもうというモードに入ってきたとき、ふと真剣な表情の古市さんに名前を呼ばれた。
「どうしたんですか?」

その時のわたしは、酔いのせいもあってか真剣な表情の意味を考えることを脳が放棄していた。古市さんがなにか思いつめたような顔をしていることにも気づかずに、真剣な表情もかっこいいなぁ、ぐらいにしか思っていなかった。

「俺はもう苗字に会うつもりはない。俺に関わらないほうがいい」

え…?
一瞬なにを言われたのか理解が追いつかず、でも数秒後にようやく言葉の意味を理解した時にはもう酔いは完全に消えていた。
「えっ、どういうことですか…?」
「そのままの意味だ、俺に関わりすぎないほうがいい。それに、苗字、お前の気持ちに答えてやることはできない」



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