ねえ、どう、あなたにはわかる?

2011/04/30 13:09


比喩では無く山の中で育った私にとっての時間は、おもに移動に費やされるものだったから、早寝早起きというものがなかなか強固にと生活リズムのうちに根付いてしまった。すると真っ先に削られてしまうのは茶の間でのテレビ視聴であって、中学に上がる頃にはすっかり画面の向こうの世界に疎い子になっていた。そんなものだったから、私は大学に進むべく実家を出るにあたり、テレビを所望しなかった。

テレビを見なくなってから、イヤホン無しで音楽や映像に触れることが無くなった。そもそも一台のテレビは家族あるいは友人といった多数の近しい人間と共有されるべくしてあるものだから、ひとりのイヤホンに繋がれてその音を独占されることは無い。スピーカーから、空間のなかを響く限りに音は放たれる。



白のシリコンで塞がれた耳から、流れ込んでくる旋律、ノイズ、声、呼吸、ノイズ、遠い鼓動。打ち震えるような感動も、肺が潰れるような悲しさも、知恵熱を呼ぶような疑問も、閉じた身体の内側だけを何周もめぐり、私を食い潰してゆく。そうして夢を見ていたい、いつまでも。



小雨のなかの散歩の途中、花を摘んだ。花の名に決して明るくない私はその名を知らぬけれど、華奢な枝の先に白の小花が集まって咲いていて、紫陽花のような咲き方をしている。この香りが大変に良く、最近では嗅ぐたびにその出所を探してしまうほどだ。その花は民家の庭や垣根に生えていて、誰にも見られずとも手折ることだって容易いものの、どうにも花泥棒は気が咎める。ぱきりと拝借した花を抱え、足音を殺して逃げても、その香りをたどられたらおしまいだ。椿やサルビアの蜜のように食べるということも出来ぬし、あの強い香りは毒ゆえかもしれぬし、などと思いめぐらせたのち、良心の呵責という理由から花泥棒は思いとどまったのだった。摘んだという花は、小路のわきの、民家の垣根からは離れたところで茂っていたもので、おそらく誰のものでも無いのだと思う。しかし辺りを見回すことは忘れずに、結局花泥棒のような不審さでもってぷちぷちと枝を折った。服のポケットに詰め込んで、その上から上着のボタンを留めて、傘を差して俯いて帰る。そのときの私は、きっと大変にいい香りがしていた。





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