胃袋考

2011/04/25 22:05


何か食べたいと思うのだけど、味覚にしろ食感にしろボリュームにしろ、どのような食べ物を求めているのかとんと分からぬ。そんな時がいちばん口寂しいのだと思う。いや、口寂しいだけならガムや飴玉で事足りるのだけど、胃袋に質量をずしんと落とし込みたい欲求は確かにある。その「何か食べたい」という感覚は食欲では無いのに、口にものを含み咀嚼し飲み下す、この一連の動作への意欲は三食のそれを遥かに上回っているのだから始末が悪い。いわゆる別腹の進化型だろうか。

日曜であることを失念していたために昨日行けなかったパン屋へ行こうと(日曜は定休なのだ)家を出たものの、100mも歩かぬうちに両の足首がだるくなってしまって、とりあえず最寄りのスーパーに向かった。チョコプリンを探したけれど売られておらず、チョコとプリンを買えば解決するものでも無く、目的を失った私はふらふら、値引きシールの貼られたエクレアと胡麻団子と、潰れて不細工になった蜂蜜のパンを買った。



古着屋で手に入れた深い青のワンピースの、腕を持ち上げた時に袖先がするんと滑り肘をのぞかせるところ(ちょっぴり腕が華奢に見えるのだ)が気に入り、店で出会った時より、袖を通す前より、もっともっとそのワンピースが好きになった。たまに思うのだけど、服を買い実際に身に着けてから、購入前よりも愛着が湧くことは珍しい。カタログのモデルやマネキンのように完璧なシルエットを持った私の身体という幻想を振り払えぬままに、服を手に取ってしまうから、自室の姿見は誰より容赦のない目となる。無敵のランウェイの美女と、量産型すれすれの一市民。

古着屋の服はお香の匂いが染みついているから、手始めにそれを薄めるべく部屋着として着用する。床にもベッドにも寝転がり、キッチンで油や水や洗剤の飛沫を受け止め、掃除だってしてしまう。そうしてくたびれさせた後に洗濯をすると、ずっと前から着ていた服のような匂いがするのだ。



うちには洗濯機を置いておらぬから三日ごとにコインランドリーに通っているのだけど、、いわゆるおしゃれ着は手洗いすることにした。エマールの黄緑を垂らした浴槽でじゃぶじゃぶ、洗濯屋の気分だ。手絞りゆえに水分を湛えて重たい服の「形を整えて乾す」というのがなかなかに難しいのだけど、手間をかけているということが楽しいのだった。





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