胃のなかの青い鳥

2011/04/10 22:31




夕ごはんの後に不意にウォーキングに出たくなったけれど、手洗いしたスニーカーが生乾きだったので、玄関先に放っておいたブーツを履いてサイクリングに出た。

夜の街を目的も定めずにふらふら歩きたくなる、そんな時が私にはある。住み始めてもう五年目になるこの街の風景は見馴れたものだけれど、夜は違うのだ。オレンジの街灯、青白いネオン、日が暮れて初めて浮かび上がる光、そして闇。旅先の景色をくまなく見渡す時の気持ちに似て、目につくもの全てが真新しく感ぜられる。自らの足だけで夜に飛び込むという、最も金と手間のかからぬ娯楽だ。



私がアルコールを摂る時といったら、何らかの会に加わるか、夜に外食をした際にほぼ必然的にそうなるかに限られている。だから私の酔いの記憶はいつも喧騒のなかで浮わついて、微睡んで、しかし心地よさの末をひどく冷静に思い浮かべている。何も怖いものなど無いと言わんばかりの興奮と、それは夜が明けるまでの夢だという諦めとが入り混じっているのを感じた時、ああ私は酔ってしまったなと思う。酒などここのところずっと口にしていない。しかしおんぼろの自転車でゆらゆら街を進みながら、パーティでばか騒ぎに興じているのと同じ感覚で、現実が遠くに離れていく気がした。すれ違う人びとも、信号待ちの車も、まだ明かりの点いているビル内の人間も、誰ひとり私の姿が見えていないのではと思う。透明人間というひとつの夢を叶えてしまったような幸せな気持ちは、しかし足元から伸びた己の影の前に散り散りになる。ああ私は存在してしまっているのだ、と現実に引き戻される。



夜の街が旅先の知らない街のようだとする感覚の延長で、まだ十日余りしか過ごしていないアパートの馴染みの薄さはホテルの無機性に通じるものがある。浴室にハーブの香りのスプレーを吹き散らして濯ぎ、コックを捻りお湯を貯めている間に、洗濯物を取り込む。

カーペットの上に仰向けに寝転がり、シーリングファンが私の身体に影を作りながらくるくると回るのを眺めていた。何をしても駄目なような気がするし、何も怖くなんかないような気もするし、何だって出来てしまうような気も、とにかくごっちゃなのだった。花粉症の薬の副作用かひどく眠く、夜の九時には強烈な眠気がやって来るので、うたた寝をして風邪をひかぬように布団に潜るとすぐに記憶が無くなる。大変に寝つきが良い。そして朝の七時には目が覚めてしまう。携帯を手繰り寄せて適当なボタンを押す、まだ八時前だった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -