気泡つぶし

2011/04/08 12:03


布団からのぞかせた右手首で携帯を弄っているうちに眠ってしまったのね、ずいぶん暗いけれど朝かしら。眠りの底から突然に引き揚げられた身体が、揺れと地鳴りを認識するには時間がかかった。咄嗟に手を伸ばしたライトが点かぬので、この街はまた真っ暗闇にすこんと沈んでしまったのだと知った。

不注意で青紫にしてしまった足に唇を噛みしめつつ寝床の梯子を伝い、両の裸足を床に付ける。雨のせいでいっそう底冷えのする部屋で吐く息は、四月なのに白かった。停電は続いていたけれど幸いにもガスと水道は通じていたので、炊飯器のなかで冷えたご飯に溶き卵とオイスターソースを絡めて炒めた。作り置きしておいた惣菜数品を皿に盛り、温めた味噌汁をよそう。身体の内側から目覚め、温度を持ち始めた。





電力を絶たれてしまった日には、これといって出来ることも無いことを三月のあの日にうんと思い知ったので、時間潰しの方法を探す。そこで何を思ったか、四百字詰め原稿用紙に梶井を写し始めた。好きな文章により手を動かすというのはなかなか夢中になれるもので、二三時間ほどそうしていた。そしてふいに携帯のディスプレイがきらめいた。根っからの電話嫌いではあるけれども、何かと便りの多いこの季節であるからして、さほど躊躇せずに応答した。

引越前に申し込んでおいたネット回線うんぬん、少々お時間よろしいでしょうか、といささか早口な女性の声に先を促す。工事日が月末になってしまうということ、料金プランの確認、オプションの是非をやり取りするうち、ふいにエアコンのランプが灯ったのを見た。耳に電話を当てたまま、空いた手に取ったリモコンのボタンを押した。

書類をコピーしてFAX送信してほしいと言うので、あの実はですね、ついさっき電気が戻りまして、コンビニとか営業してるか怪しいので遅れちゃうかもしれません、と告げると彼女はたいそう恐縮した様子だった。わ、そんな大変な時にお電話差し上げてしまって、配慮が足りませんでした申し訳ありません、とこちらが申し訳無くなる勢いで謝られてしまった(もちろん彼女に落ち度など無いし、電話に応じたのは私なのだ)。そこからは防災トークになってしまい、いえ本当そちらもお気をつけくださいね、FAXの件は急ぎますがご承知おき下さい、お怪我などなさいませんよう、ではでは。

電話も悪くないな、と少し思いながら通話を終えた。





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