ビッグビート

2011/04/03 22:39


想像だけで作られた空間にはどうしたって隙間が見えるもので、ここにボールペンがあると便利だとか、こちらにテーブルを置いたほうが暖かくて過ごしやすいだとか、そんなふうに隙間を少しずつ埋めてゆく。大学に入ったばかりの私がそうであったように、曜日毎に割り振った掃除カレンダーを作り、普段から清潔さを保つためのチェック表も添える。出費のバランスを見極めるべく、余っていたA4レポート用紙に手軽な家計簿めいたものを記し、冷蔵庫と相談をして向こう一週間ぶんの献立を表す。昨晩の大根と豚バラ肉の煮物が火を通すたびに味わい深くなることに嬉しさを感じて、自分が食べるには困らぬ程度の料理の腕を持っていて良かったと心底思った。でもやはり生姜を加えるべきであった、とも思った。



今日は久しぶりに予定の無い日であったから、朝食後すぐに身支度をしてコインランドリーへと向かった。四月に入ったというのにこの街は軽やかな雪が舞っていたので、毛糸の手袋をしてランドリーバッグを抱えて歩いた。花粉症用の薬を服用したせいか、くしゃみも出ず目も痒くならずに済んで助かった。

ずらりと並ぶ洗濯機のひとつに洗濯物を放り込み、仕上がりはおよそ三十分後だと示されたのを確認して、適当な椅子に掛けてiPod片手に時間を持て余す。コインランドリーの名前が書かれたスリッパを履いて、ランウェイの華やかな映像を眺めているのはひどく滑稽だ。作られた清潔感の匂いのこもった部屋で、ぺらぺらの身体の美女がラガーフェルドの頬にくちびるを寄せるのをぼんやり見つめていた。

そういえば乾燥機に入れる小銭が無いな、と備え付けの自販機で温かい缶ココアを買った。震災の影響で補充されている自販機のほうが珍しいくらいだから、呑気にココアを啜っているのが嘘みたいだ。あの日から日常と非日常がねじれてひとつの幹を形作りつつあって、それをほどく術を私たちはまだ知らぬし、無理に引き剥がそうとしたところで飲み込まれてしまうだけかもしれず、遠巻きに眺めているだけなのだ。

いっそうひどい被災地にいる父からはたまにメールが届く。決してここでは語り得ぬような、そんな話だ。実を言うと彼が生きている事実が私には不思議でたまらぬくらいなのであって、誰かが父に成り済ましてメールをしたためているので無いかしら、と思っていたりする。しかし、曲がりなりにも若い娘である私よりも絵文字の使い方を心得ているその文面だけは、彼のものでしか無い、きっと。



久しぶりに薬なんて飲んだせいか、午後には眠気に逆らえず珍しく昼寝をしてしまった。そこで私は悪夢に散々追いかけ回されてしまい、いまだに喉に何か引っ掛かっているような気がする(訳あって夢のなかでススキを飲み下す必要があったのだ)。



図書館で借りてきたロシアのジョーク集なんぞ読んで、借りてきた映画を観てから今夜は休む。ロフトには早速好きなものばかりが溜まり始めていて、朝目覚めた瞬間から眠りに落ちる時までが楽しいのだった。






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