LOST ANGEL | ナノ


02

事態が急変したのは、天使との出会いから数か月後、仕事のために『ある人物』の執務室を訪れた時だった。
かかってきた電話に出た男がニヤリと気味の悪い笑顔を見せ、またこの世に不幸が生まれたことを察する。
きっと碌な話じゃない。この男に関わった者は皆、不幸になる。俺は己が身をもってして、それを確信していた。
「無事に君が取り込めることになったのか、おめでとう。…ほう、なるほど向こう側のトップが事故で。運が良いと言っては不謹慎かもしれないが、流石…持っているな」
電話の相手の声は此方まで聞こえない。何の話かは知らないが、察するに後援者へ何か朗報が入ったのだろう。
大人の薄汚い取引など興味のない話だ。そう、窓の外へ目をやり、都会の夜景に意識を向けようとした刹那――

「“天使を堕とす”…か。まあ、元よりそういう世界かもしれんが、警察沙汰だけは勘弁してくれよ」

何気なく出た会話の一部に、ぞわりと内側から“恐れ”のような感情が湧きあがった。
何か、とんでもない過ちを見つけてしまったような――焦りにも似た悪寒がつま先から脳へと一気に駆け抜ける。
今、目の前のこの男は確かに『天使』と言った。その薄汚い口に最も似合わないだろう言葉を音にした。
遠くに散らばっていたパズルのピースが、悪戯にグッと近づいたのを感じる。いつも通り請け負った仕事が、地獄のような現実を引き寄せたような、そんな絶望の音がした。
「…何か、朗報が入ったみたいですね」
高鳴る心拍数を抑えながら電話を終えた男に問いかけると、彼は興味の欠片も無いといった様子で目の前の書類に目を走らせ、片手間に口を開いた。
「少し前、お前に始末させた芸能事務所の人間がいただろう。小さな所だが優秀なタレントを抱えていたようで、社長の急死後、事務所の存続とタレントの所属について大手プロダクションと揉めていたらしい。大手の方は私の知り合いが社長を務めていてな、それでお前に反対派のトップを消させた。おかげで無事にタレントごと取り込めたそうだ」
「なるほど…」
「以前から、彼の支配下にある票は私の所に入っていてな。奴の欲しがっていた女優とやらが影響力のある小娘だと聞いて、票がさらに増えるならと協力してやった。まあ、向こうは“幸運な事故”だと思っているが」
――先日、一人の人間が死んだ。
不幸なことに、駅のホームで正気を失って線路に落ち、そのまま特急列車に轢かれたらしい。自殺するような人間ではなかった筈なのに、まるで、“精神でも暴走したかのような”突然の死だった。
「…ターゲットがいつもと違ったので何かとは思ってましたが、そういう事でしたか」
「お前は変に詮索せず、すぐに動いてくれるから助かるよ」
不自然なのは当然だ。世の中で起こっている精神暴走事件は、俺がこの男の指示で引き起こしているのだから。
だが、先の件のようにそれで死んだ人間が出たとしても、事件も事故も必要な限り続いていく。
この男のために働き、この男の信頼を得、その先の最良のタイミングで絶望に叩き落とし、この男を苦悩と後悔の果てに殺せるのなら、その途中で何が起きようと俺は絶対に怯まない。
「警察がどうのというのは、問題なさそうなんですね?」
「なんでも、件の女優に随分と熱心なようでな。手を出すのは構わんが、何せ未成年相手だから一応注意を入れておいた。まあ、脅しのネタはあるし、訴えられたところでいくらでも揉み消せると豪語していたが」
「………」
怯むことなど有り得ないと、そう思っていた筈なのに――

不透明なパズルが、最悪な形で繋がった。

俺は、俺の知らない場所で、最低の過ちの先で、
天使を殺そうとしているのかもしれない。

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