04

 あの男が、笑っているのが見えた。

 裏庭から見える通路で金髪の緩そうな男と楽しそうに笑っている男がいた。遠くからでも騒がしい見た目の男は見間違えることのない生徒会役員である会計だ。男は口許しか見えないものの白い歯を見せて肩を震わせたりしていることから笑っているのがわかる。

 生徒会役員との関係があったことに少し驚いた。それと同時に、胸騒ぎのようなぞわぞわとしたものが胸元を這いずり回るような感覚に奥歯を噛む。これは生徒会の仕事が思うよりスムーズに終わらなかったときの感覚に似ている。

 嫉妬。焦燥。憤怒。羨望。

 あらゆる感情に襲われて視線を引き剥がそうと思ったが、視線は会計たちに釘付けで視界から外すことができない。あんな姿を視界に入れたくないのに、どうしても凝視してしまう。

 あの男のあの笑顔はまだ一度も見たことがない。その表情がおれに向けられたものではなく、そのうえおれが引き出したものでもないと思うと腹が立ってしかたなかった。いますぐあそこに割り込んで男を連れてきたい衝動に駆られる。だがそんなことをすれば嫌われる。おれに対するイメージが良くなったと言っていたのにそれを悪くすることができるはずもない。

 おれが悶々としながら男と会計の姿を見つめていると、男はおれに気づいたようで小さく手を振ってきた。それからすぐに会計との話を切り上げてこっちに小走りで近づいてくる。

「やっぱり、ここにいましたね」

 いつもここでお昼寝しているんですか? と男は何事もなかったかのように隣に腰を下ろし尋ねてきた。おれがこんなにもおまえのことで悩んでいるというのに、どうしてそんななんでもないような態度で接してくるんだと激しく責めたくなった。

 さっきあの会計と何を話していたのかと詰問したくなる自分を必死の思いで抑える。いつも周りの人間はおれの機嫌を伺っていたから何も気にすることはなかったし相手のことも考えていなかったからこういうのには慣れていなくて、男に向ける言葉を選ぶのにも慎重になる。

「ここで昼寝してたら何か不都合でもあるのか」

 正面を向いたまま眉間に皺を寄せれば、男はくすくすと笑った。相変わらずの明るい茶髪が視界の端できらきらと光っている。それが少しだけ眩しくて目を眇めた。

「いいえ、そんなことはないです。というか、それをわかっていて来ているんです」

 男は楽しささえ窺えるような声音で言葉を紡ぐ。声に色が付くとしたら、おそらくこの男のそれらはフラミンゴピンクのような色でふわふわとしているだろう。シャボン玉のようにふわりと飛んでぱちんと弾ける。イメージはそんなものだった。

「おまえはおれに会いに来ているのか」

 男の言葉が嬉しくないと言ったら大嘘になるが、こいつが何を思っておれにそんなことを言ってくるのか理解できずに首を傾げた。おれの気持ちに気づいていたら焦らすような真似はせず、それについて訊いてくるだろう。この純情な男がおれを焦らして楽しむような真似をできるようには思えない。

 だったら、なんだ。なんでこいつはこんなおれを喜ばせるようなことを言う?

「ええ、大切な友人――ですから」

 あ、おれが勝手に友人だって思ってるだけですけれど、と男は困ったように肩を竦めて笑った。こいつの魂胆がわからずに口を閉じたまま前髪に隠れている目を見つめれば、男は「嫌、ですか?」と不安げに問いかけてくる。

「べつに」

 素っ気無い答えを返してしまったと後悔するよりも前に男が本当に嬉しそうに口許を緩めて胸を撫で下ろすような仕草をして、この男もおれに嫌われたくないのだろうかと首を傾げた。おれだけがこの男を気に入っているわけではなく、こいつもおれを少しでも気に入ってくれているのなら嬉しい。と、思う。自分でも自分がよくわかっていなかった。

 目が見えないと何を考えているのかわからない。目はこころの窓だとは誰が言ったのだったか。

 前髪を退けて目を覗いてみたいと思うのと同時に、そんなことできるわけないという自制の気持ちがぶつかり合う。昨日見た垂れ目をもう一度見たくて男の前髪を睨むように見つめていたが、光が弱すぎてよく見えなかった。夏の日差しのような強い光であれば茶髪に透けて見えただろうかなどと考えてしまう辺り相当気に入っている証拠だ。

 チャイムの音が遠くに聞こえる。休み時間の終了を告げるチャイムだった。男は一般生徒で授業免除の特権はないため、慌てたように立ち上がっておれを見下ろした。

「おれもう行かなきゃ……また、来ますね」

 おれの返事を聞きもせずに男は半ば駆け足で去って行く。背の高いうしろ姿を見つめながら、あの大きな身体に抱きしめられたらどれだけ落ち着けるだろうかとぼんやり想像した。胸の疼きはひどくなる一方だった。





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(C)siwasu 2012.03.21


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