05

「好き、って、なんだ」
「頭でも打ったんですか?」

 副会長が珍獣でも見るような目で見つめてくる。書類の確認をしていた手元はそのままに、あからさまに呆れを含んだ視線を向けられて顔が歪むのがわかった。あの男以外にこんな目を向けられると我慢ができないほど腹が立つ。

 昨日、裏庭で男と別れてからずっとあの姿が網膜に焼き付いて離れなかった。

 午後の授業は黒板に書かれた文字を書き写すばかりで頭には入ってこなかったし、生徒会の仕事も捗らなかった。会計とあの男が何を話しているのかずっと気になっていたし、あの男の中でおれの立ち位置というのはどこなのか考えていたら深夜になってしまい、そのうえ夢の中にまで男に干渉されたのだから気が狂ってしまいそうだった。

「そんな目でおれを見るんじゃねえ」
「貴方が変なことを言うからです」

 肘をついてあの男のことを考えている間に副会長の視線が鬱陶しく文句を言えば、当然のように言い返された。

 手元で束になっているパーティーの企画書をぐしゃぐしゃにして丸めて捨ててしまいたい衝動に駆られながら必死で男の微笑みを思い出す。前髪が邪魔をしてわかりづらい表情を口許と頬の動きだけで読むのが懐かしいような気がした。

 パーティーを成功させたらあの笑顔をまた向けてもらえるだろうか。生徒会長だから生徒会の仕事をするのは当たり前だし認められはすれど当然のことだから褒められることはないとわかっているのに、それでもあの男に何かと理由を付けて言葉を向けてほしい。あの下心のないいやらしくない純粋な言葉がほしい。

 昼休みにはまた裏庭に行っていつものように昼寝をする。そうしたらきっとあの男がまた駆け足で寄ってきて、隣に少しの距離をあけて腰を下ろすのだろう。

「愛ってなんだ」
「かいちょー変なものでも拾い食いしたー?」

 あの男と一緒にいると変に浮き足立つような感覚に襲われる。それが本当に恋――否、愛というものなのか知りたくて誰にともなく尋ねれば、よりによって下半身男と名高い会計が声をあげた。おれも人のことを言えないが、この男も大概だ。

 会計が「みんなを愛してるから抱くんだよぉ」と笑っていたのを思い出して眉を顰める。この男は愛というものをわかっていない。ちょっと顔が気に入ったから、ちょっと身体が気に入ったから、それだけの理由でそこに偽物の愛情を見出し相手を簡単に抱ける人間だ。おれはタチネコどちらもイケたが、相手に少しの愛情も覚えたことはないため、理解できなかった。

「てめえは黙ってろ」
「なんでおれにはそんな冷たいの!?」
「おれとてめえは違うんだよ」

 おまえから教わることは何もない、と吐き捨てて手元の企画書に視線を落とす。文字を何度呼んでも頭に入らず、普段の何倍も文字を読むのに時間がかかった。隙あらば男の方向へ飛んでしまう意識を引き摺り戻すのに一苦労する。

 そこで、おれは気づいた。昨日あの男と会計が話していたのを。

 元々本能の赴くままに生きてきたおれが突然理性で行動を抑えることができるはずもなく、好奇心と嫉妬心から会計に「おい」と声をかけてしまう。しまった、と口を押さえるものの遅く、会計は間抜けな声をあげて顔をおれのほうに向けてくる。こうなってしまえばどうにでもなれというやけくそ半分で、言葉を続ける。

「おまえ、昨日根暗っぽい奴と話してただろ。裏庭の渡り廊下で」
「やだー、かいちょー見てたのぉ?」

 ストーカーみたぁい、とふざけたことをほざく会計にダーツの要領でペンを投げた。キラキラと派手な金髪を揺らし器用にペンを避けたものの、避けた動作が大きかったためデスクの仕切りに頭をぶつけていたので満足する。

 おれが先ほどまで副会長に対して言っていた好きだの愛だのの話といま会計に訊いた話を結びつけたらしい会計が元からだらしない顔をもっとだらしなくしてにやにやといやらしい笑みを浮かべながら見つめてくる。殴り倒したくなるのを堪えながら質問の答えを促せば、会計は思い出すように斜め上に視線をやってからふふっと声を出して笑った。

「あれはねぇ……ふふ、ヒ・ミ・ツ!」
「うぜえ」
「ひどぉい!」

 人差し指を立ててくねくねと身体を動かす会計から視線を逸らして、生徒会室の窓から見える裏庭を見下ろした。いまは誰も座っていないベンチは、おれの特等席だった。そこは、あの男ど出会った日からおれだけのものじゃなくなった。

 午後が待ち遠しくてたまらない。





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(C)siwasu 2012.03.21


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