03

 新入生歓迎会が近く忙しかった生徒会の仕事を終えてから裏庭で昼寝しようとしたところ、先客がいることに舌打ちした。

 数人のガラの悪い生徒たちが誰かを囲んで足蹴にしているのが小さく見える。わざと足音を大きくして近づいていったが、蹴るのに必死なのかおれにはまったく気づいていないようだった。

「てめえら、おれの所有物に何してやがる」

 さっさと失せろと口を開こうとしたところで思い直してそう言う。蹴られているのが偶然にも先日会ったばかりの生徒だったからだ。おれに掛けたブレザーは切れた草や靴裏の汚れが付いてしまっている。茶色の長い髪は相変わらずだったが、倒れているため前髪が退けられて目が見えたときにはどきりとした。

 垂れ目と表現するに相応しい優しそうな目許は蹴られたからか赤くなってしまっていて、眦には涙が浮かんでいる。

 情けないその表情を引き出したのがおれでないことに腹が立って、お気に入りの生徒に傷を付けてくれた奴らを睨む。おれが生徒会長で理事長に次ぐ権力の持ち主であると知っているからか、文句も言わずに「やべえ」だの「なんで」だの言いながら逃げえるようにして去って行った。

「虐められてるのか」

 倒れていた男に腕を伸ばして立つように促す。手を握られてふらふらと覚束ない足取りでベンチまで歩いて行くと、倒れるようにして腰を下ろした。触れた手が冷たくボロボロだったのを見て渋い気持ちになる。

 ブレザーに付いた汚れを叩き落とす男の前髪を上げたいと思った。さっき見えた優しい目が見たい。けれどきっと、何か理由があって前髪を伸ばしているはずだから、そんなことをすれば嫌われる。ただでさえ快楽主義者、自己中心的な俺様として有名なおれにいい印象は抱いていないはずだ。これ以上おれの立場を悪くしたくない。

 前髪に伸ばしたくなる手を握って押さえ、男の隣に腰を下ろした。ベンチがキシ、と音をたてる。

 頭に付いている枯葉を取って「虐められているのか」と再び訊けば、答えにくそうに男は笑った。目が見えないから笑っているのかはわからないが、口許が僅かに上がっているから笑っていると思う。

「……きっとおれのどこかが気に障るんだと、思います」

 虐められてるのかはわかりませんけど、と言う男に眉間の皺が深くなったのがわかった。長身を持て余すように身体を少しだけ前に屈め猫背の男のどこが気に入らないのか。見た目ならば確かに気に食わないと言う輩もいるだろうが、おれの気に入った容姿だ。誰に何を言われようが、それをおれの意思以外で変えさせたいとは思わない。

「ありがとうございます」
「は? なんの話だ」
「所有物って言ってくれることで、彼らがおれに手出ししないようにしてくれたでしょう?」

 突然礼を言い出した男に露骨に怪訝な顔をしてみせれば、男は頬を指先で掻きながら先ほどよりも自然な微笑を浮かべた。風で揺れた前髪がきらりと光って、黒い目が覗いてまた心臓が跳ねる。うまく呼吸できなくて唾を飲み込むが、口の中はカラカラで喉も渇いていた。

「だから、ありがとうございます」

 ぽわりと胸が温かくなる。どうしてだか、この男と一緒にいると欲を忘れられるような気がした。
 最初こそ下品なことばかり考えていたが、いまではそんなことどうでもよくなってしまっている。現在はただどうすればこの男に嫌われないか、そればかりが頭の中を駆け巡っていた。

「おれ、貴方のこと勘違いしてた。もっと冷たくて自分のことしか考えない人だと思ってました」
「違いないな」
「でも、貴方は優しいです」

 皮肉混じりの自嘲も男の優しい微笑みの前では意味を成さない。下心の含まれない純粋な笑みを向けられるとどうにも居心地が悪いような心地よさを覚えた。慣れないそれを向けられるたび、嬉しさと戸惑いがふくりと湧き上がってくる。

 いままでこんな人間は周りにいなかった。

 いつだっておれの権力や金を目当てに近寄ってくる奴らばかりで、こんなたわいもない話をすることはまずない。どうすれば気に入られるかということを常に考えているような顔でへらへらと笑う奴らを思うと胸糞が悪いが、いまおれはそいつらと大して変わりないことをしている。この男の機嫌をとるようなことを――……。

「おれ、五十嵐会長のこと、好きです」

 男の少し嬉しそうな声にはっと我に返る。男の言った"好き"がどういった意味の"好き"なのか、そんなのはおれに尋ねる権利はないと思った。この男は純情で綺麗で、欲に塗れたおれとは不釣合いだと、そう自覚があったから。





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(C)siwasu 2012.03.21


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