02

 意味が理解できていないような様子の男にもう一度言葉を繰り返そうとしたところで、ストップというように手を出された。指示に従うのは気に入らなかったが口を噤めば、男は「むむっむ、むりです……!」といまにも死にそうな声を出しながら激しく首を横に振った。見えている頬や首が赤くなっているのが見えて、ああ初心だと関心してしまう。

 いまどきセックスの話くらいでここまでオーバーリアクションする男は滅多に見れないだろう。天然記念物を見るような気持ちで男の行動を見守っていると、漸く落ち着いたようで肩を震わせながらもじっとしていた。

 明るい茶髪が光を反射してきらきらと光るのがいい。見慣れた明るい髪色のはずなのに、どうしても珍しいものに見える。

「いいじゃねえか、一回くらい」
「い、いや、です」
「変な奴だな」

 生徒会長のこのおれとセックスできるなんて言ったら誰だって飛びつくはずなのに、という疑問が浮かんでくる。いままで誘ってきた男たちは誰もが喜んでおれを抱いたというのに、この男は顔を赤くして首を振るばかりだ。その珍しさにますます落としたいという気持ちが湧き上がってきた。

「おれがネコだぞ? おまえは突っ込んで出せばいいだけだ」
「突っ……!?」

 どこまで初心なんだと試してみたくなるくらい、男は泣きそうな声をあげてひとりわたわたと慌て始める。こんなんじゃあセックスする本番になったりしたら鼻血を噴き出して倒れるんじゃないかというぐらいだ。

 隣に座るように促せば、男はおずおずとベンチに腰を下ろした。微妙な距離があるのはこの男が緊張しているからだろう。

「駄目、です」
「なんでだ」
「……ハジメテは、好きな人にと、決めているので……」

 純情。この男の言葉に思い浮かんだのはその一言だ。

 どうしてもこの男を低入れたい。その気持ちが強くなる。童貞は好きな相手に捧げると言ったこの男はおそらく一途だ。童貞を捧げた相手は本当に愛し、そして大切にするのだろう。いつも身体の関係しか持とうとしなかったおれには理解のできないことだが、それでもこいつに愛されたその相手は幸せだろうな、と漠然と思った。

 おれを愛せば、おれ以外に靡くことはないだろう。いくら媚を売られたところで見向きもしないはずだ。童貞で、体格がよく、純情で、初心。おそらく小心者でもあるはずだ。いままでに手を出したことのないタイプの生徒。

 欲しい。この男が欲しい。

 どうしようもないくらいの欲求が湧き上がってくる。この男の身体を手に入れ、自分の支配下に置いてしまいたい。そのためなら家の力も金の力も使おう。どうしてここまで執着してしまうのかはわからなかったが、それでもこの男を手に入れたいと本能が咆哮をあげるのだ。

 そもそも理性など以前から持ち合わせていない。甘やかされ好きなように生きてきたいままでの間、手に入れたいと思い手に入らなかったものなどなかった。どうしても欲しい。いますぐに欲しい。それは我侭なこどもの欲求にも似ている。

「おれはその"好きな人"にはなれないか」

 縋るような気持ちとはこういう状態を言うのだろうか。少しでもこの男をこちら側に引きずり込みたくて、もうヤるだのヤらないだのはどうでもよくなってきた。おれは純粋にこの男を手に入れたい。こころも身体も欲しいのだ。

 この男がこころを捧げた相手にしか身体を許さないというのなら、先にこころを手に入れたい。こころを伴わない行為をできるのならば、身体から手に入れたい。どちらにしろこの男は手に入れたかった。運命と言ってしまえばあまりにも夢見がちで自嘲の笑みを零してしまいそうだったが、それでもその言葉がぴったりなくらいに強烈に興味を惹かれていた。

「わかりません。それは貴方とおれ次第です。でも……まだ、その"好き"じゃない」

 シャンプーの清潔な香りが鼻腔を擽る。見た目はもっさりとしているが香ってくるこの男のにおいは嫌いじゃなかった。
 だが、おれは彼には好かれていないようだった。そこに大した好意がないというのは表情を見ていてよくわかる。きっと好意というよりも恐怖やらそこらへんの感情しかないのだろう。嫌いではないが、特別好きといったところでもない。

「自分の身体を大切にしてください。貴方は、とても魅力的な人です」

 遠慮がちに微笑んだ男は、そう言っておれに掛けたブレザーに腕を通し去って行った。引き止めることができなかったのは、きっとその残り香に興奮とは違う気分の高揚を覚えたからだと思う。





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(C)siwasu 2012.03.21


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