魔王様と新婚旅行32 無理をさせているなら俺たちはさっさと退散したほうがいいだろう。 だが、ナルシア様は首を振ると俺を見て髪に触れた。よくばあちゃんが俺にしてたみたいに何度も頭を撫でて目を細めている。 「ふふ、実はね。ユーリの魔力をこっそり分けてもらっていたのでむしろ元気なくらいなんです」 「俺の……?」 「あなたのその色は神王の魔力が多く秘められているようです。神王の魔力から生まれたアールヴの末裔である私には、生命の根源と言っても差し支えないほど貴重なもの。こうして髪を撫でているだけで、身体中に力が溢れてくるようです」 「いや、元気になるのはいいけどそれ俺にデメリットねえだろうな」 「大丈夫ですよ。あなたはジークハルドの魔力も注がれているので、むしろ余っているぐらいです。ジークハルドを恐れなかったりこのほどの魔力を溢れさせて壊れないのは、やはりこの色が関係あるのでしょうか」 俺の世界じゃ珍しくない色なんだがな。でもそれで元気になるならと大人しくされるがままにしていると、突然ジークが立ち上がってナルシア様の手を掴み俺から勢いよく離した。慌てた動きに俺は驚いてジークを見上げる。 「ナルシア様、これ以上はお控えください」 「おや、嫉妬ですか」 「いいえ、サーヴァに怒られたくないだけです」 つまりサーヴァが嫉妬するってことか? だがジークの様子はどこか焦りを覚えていて、緊迫感のある空気にそんな理由ではないことを感じさせられる。 ナルシア様とジークはしばらく見つめ合っていたが、ジークがナルシア様の手を離したことで張り詰めていた空気が和らいだ。俺を引き寄せるとナルシア様から距離を取る。虹色の瞳がゆっくりと弧を描いた。 <残念。もう少しでジークハルドの魔力を上回ることが出来そうだったのに> 先程までの穏やかな雰囲気から一転、鋭い声に俺は全身に鋭い痛みを覚える。これは最初に聞いた声よりも重く痛い。鼓膜が破れそうだ。 「ユーリがあなたの糧となることは誤算でした」 ジークが俺を守るように抱き締めてナルシア様を睨みつける。これは一体どういう状況だ。ついていけず固まっている俺を見て、ナルシア様は泣きそうな笑みを浮かべた。 「ユーリ、私はシェルロの王です。王が、何故民を導かずここにいると思いますか」 「え、ええ……あんま考えたくないけどサーヴァのクソがあんたを手篭めにしたとか?」 俺の回答に、ナルシア様は目を見開くと大口をあけて笑った。その姿はまるで子どものようで、整った顔や雰囲気が台無しだ。 ナルシア様はひとしきり笑い終えると、涙で潤んだ瞳を俺に向けて微笑んだ。笑った時に気が抜けたのか耳と尻尾が出ている。俺は思わずもふもふの耳がひくひくと揺れるのを目で追っていたら、脳に直接声が入り込んできた。 [分かっているなら私が逃げる手伝いをしてくれないだろうか。あなたの力を借りればそれが可能です] 「それ後で俺がサーヴァに怒られるやつじゃねえか」 「ナルシア様、今ユーリと直接交渉してますね」 ジークが半眼でナルシア様を見ながら俺の耳を両手で塞ぐが、多分それ効果ねえぞ。 [私はもう五十年あの憎き魔術王に捕らわれている。ですが、可愛いあの子たちは今でも私の帰りを待ち続けていることでしょう] 「んなこと言われてもなあ。仕返しにまたサーヴァがジーク泣かせに来ても面倒臭えし」 [手伝ってくれたら私の本来の姿を思う存分撫でていいと言えばどうでしょうか] 「なん……だと」 「おい、ユーリ。お前まさかナルシア様の毛並みに買収されているのではなかろうな」 その通りである。いや、しかし人道的に見れば悪いのはサーヴァの方だ。仮にも王様を無理矢理手篭めにしているのなら、俺のすることは善行ではないだろうか。 つまりもふもふは関係ない。もふもふに買収されているわけではない。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |