魔王様と新婚旅行33



「お前、ナルシア様はシェルロの王で権威ある方だがこう見えて昔はかなりヤンチャで島一つ滅ぼしたためサーヴァが妻として引き取ったのだ。つまりこの方の自業自得が招いた結果。シェルロも既に新しい王を据えておる」
[ユーリ、彼の言葉を信じてはいけません。ジークハルドはあなたの契約者ですが、同じ魔王であるサーヴァストの味方でもあります。王不在のシェルロは今頃他の種族に虐げられていることでしょう]
「……悪いが俺はどっちも信じてない」
[友好の証としてお腹を触ってみますか?]
「うっ、ぐうううう」
「そこで元に戻るのは卑怯ですよナルシア様!」

 突然目の前でラグドール姿に戻ったナルシア様が腹を出して小首を傾げながらつぶらな瞳でこちらを見てくる。
 ……だめだジーク、俺はもふもふに勝てん。

「にゃーん」
「離せ、離すんだジーク。俺はあざとい小悪魔だと分かっていてもあのふわっふわのにゃんこを触らずにはいられん……!」
「近付けば最後、お前の魔力を糧に力を取り戻したナルシア様が何をしでかすか分からん、一先ず落ち着け!」

 俺を羽交い絞めにするジークに抵抗しながら俺はソファーの上でごろごろと転がりながら戯れている猫を見つめる。
 いや、待て。あれはさっきまでナルシア様だった。つまり猫ではない。そう、猫では――。

「……にゃあ?」
「ぬぐうううううううううううううう」
「落ち着けユーリ!!」

 もふもふの神が! もふもふの神が俺を誘っている!
 今すぐその毛に顔面を埋めて吸いたい! もふもふの空気を吸いたい!!
 俺は身動きが取れないながらも目の前の可愛い猫から目を離せずにいると、突然視界が真っ暗になる。

「だったら思う存分吸えばいい」
「ふぶっ」

 久しぶりに聞く声に反応する暇もなく、俺の顔面をふわっとした白銀の毛が包み込む。その柔らかさ、高貴な香り。まさしく想像通りのもっふもふな毛並み。

「…………ッッッッッッッッッッッッッッ」

 俺はその極上のもふもふに声にならない悲鳴をあげた。そしてそのまま腰を抜かして後ろにいるジークの身体に倒れこむ。

「どうだ、堪能したか」

 視界に白銀が広がって、もふもふの感触が離れていく。それを惜しみながら視線で白銀を追っていると、その先に白い毛と眼帯が見えた。儀式の時ぶりに見るサーヴァの姿だ。
 どうやらサーヴァはナルシア様の首根っこを掴んで俺に押し付けてきたらしい。まだその手にはぶら下がったナルシア様がいる。
 ぶらぶらと揺れながらもどうやらさっきので俺の魔力をちゃっかり奪っていたのか、勝気な表情を見せている。

「はっ、愚かですね魔術王。これで私の魔力はジークハルドやあなたを上回りました。もう誰も私を止めることは出来ません」

 そう言って今にも襲い掛からんとするナルシア様だったが、突然現れたサーヴァは表情一つ変えることなくつまみあげている毛玉を見つめている。俺は愛らしい生き物を杜撰に扱うその持ち方に抗議したかったが、もふもふのダメージは想像以上に強力なものだったようだ。気が抜けきって声が出ない。
 そして俺が口をはくはくとさせている間に、ナルシア様が前足を振り上げたその時だった。

「……いや、な、そ、それは」

 持ち上げていた前足が止まり、ナルシア様が目を見開いてサーヴァを見つめている。いや、正確には空いた方の手にあるものだ。 

「これが欲しいか」

 サーヴァは手にあるそれをこれ見よがしに掲げて揺らし始める。ナルシア様の目はその動きに合わせて右に左に忙しない。俺は目の前でサーヴァが手にしているものを見て、思わず半眼になった。

「三か月ぶりだ。恋しかったんじゃないのか?」
「そ、そんな、もの、で、私を、ぎょ、御することが出来るとでも」
「勿論前回同様外袋には結界を施し済みだ」
「ふぐううッ」

 強がるナルシア様だが、言葉に反して体は正直だ。尻尾が揺れている。サーヴァはそれを見ながらため息をつくと、手にあるものをマントに仕舞う素振りを見せた。



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(C)siwasu 2012.03.21


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