魔王様と新婚旅行29 「ユーリの見た目に合わせてみました。これなら話しやすいでしょうか」 「耳……尻尾……ふわふわ……」 「すみません、ナルシア様。どうやらそれも気になるようです」 「ジークハルドもなかなか癖の強い者を選びましたね」 ナルシア様はそう言って大きなため息をつくと耳と尻尾を引っ込めた。髪と目の色を除けば、完全に俺と変わらない年頃の男にしか見えない。 「ああ……もふもふが無くなった瞬間萎えた」 「ユーリ、流石にそれぐらいで止めておけ。後ろのウノチトスが今にも切りかからん勢いで睨みつけておる」 ジークの言葉に振り返ると、ここまで案内してくれたおっぱいさんがこめかみに血管を浮き上がらせて引き攣った笑みを浮かべている。うっかり我を失ってしまったがそろそろふざけるのも終わりにしておこう。 この世界に猫は存在した。それだけで俺の残りの人生に希望が見える。 「ナルシア様、無礼をお許しください」 「気にしないでください。私に欲望を隠さずぶつけてくる不躾な者がサーヴァスト以外にいると思わなかったので面白かったです。彼の若い頃を思い出しましたよ」 ナルシア様はそう言って目を細めながらくすくすと笑った。見た目は男だが、整った顔をしているのでそういった姿もまるで絵画の美女のようだ。俺はジークの裾を引っ張ると、耳元でナルシア様に聞こえないよう囁いた。 「奥さんって言ってたけど男なんだな。いや、まあ俺も男だから考えてみればその可能性もあったわけだが」 「いや、ナルシア様に性別はない。シェルロは男性の特徴も女性の特徴も持たぬ、アールヴの末裔である妖精の民なのだ」 「ふーん。妖精っていうと耳が尖ってるイメージだけどな」 「ユーリの言う耳が進化している民もいますよ」 間に入って来たナルシア様の言葉に、聞かれていたことへの気まずさとまた無礼とか思われねえかなって面倒くささで頭を掻いて誤魔化す。 手招きされたので大人しく従って近付くと、草原が突然消えて周囲の景色も変わる。そしてコテージのリビングらしい、現実味のある景色に変わると俺たちは近くにあったソファーに座るよう勧められた。 「耳の進化しているオラフの民が最も人間と懇意にしているので、そのイメージが定着しているのでしょうね」 「なるほどなあ」 「ちなみに私は生きている年齢だけで言えばジークハルドやサーヴァストよりもとってもとってもお年寄りです。老人は労わってくださいね、ユーリ」 「あ、あー、はい、すみませんでした」 しっかりさっきのこと根に持ってるなこいつ。半眼で薄ら笑いを浮かべながら言葉だけの謝罪を見せると、虹色の目が波のように揺らいだ。そしてソファーから立ち上がると、腰巻の布はその身体を包み優美な衣装に変わる。先程の半裸よりは随分しっかりした見た目になったナルシア様は、俺たちの正面に新しいソファーを作り腰掛けた。 こうして近くに座られると、先程のように寝そべっていた時と違い少し身構えてしまう。腰下まで伸びた白銀の長い髪に整った顔立ち、優美に着飾った衣装はこれで王冠でもあればジークやサーヴァなんかよりも王らしい。 これがサーヴァの奥さんだって言われても信じられない。猫の姿の場合は信じたくない。あのもふもふは優しくて可憐な少女が飼うべきだ。いや、正確には猫じゃないんだけど。なんかややこしくなってきたな。 「ユーリはロジと同じ異界から来たそうですね。あの子の過失で迷い込んだとか」 「あー、はい。でも、まあ特に気にしてないんで」 「悲観しないのですか」 「元々死のうと思ってたからむしろあの時の精神状態考えれば今は幸せなほうっつーか」 そう言うと微妙な顔をされた。そういえばこの世界では自殺って冥王の奴隷になるんだっけか。皆の反応を見るに冥王の奴隷ってのは余程やばいらしいな。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |