魔王様と新婚旅行28



<ええ、ジークハルド。あなたのおかげです>
「うおっ」

 声が耳に届いたと同時に肌へ電気が走ったような痺れを感じる。思わず声を上げて背筋を伸ばすと、布の向こうから吐息から聞こえてきた。

<人間? ……ああ、これはジークハルドのものですか。すみません>
「……ッ」

 声音は優しいのに、身体がビリビリと刺されるような痛みを覚える。鼓膜も痛くなってきた。眉を顰めていると、俺の状況を不思議に思ったジークが顔を覗きこんできた。

「ユーリ、どうしたのだ」
「いや、なんかすげえ痺れるっつうか、痛えっつうか」
「私の魔力のせいかと。すみません、声帯を抑えたのでもう大丈夫です」
「………あ、本当だ」

 透き通るような声は少し低くなって男性的なものに変わっている。痺れも感じなくなってホッとしていると、前方の布が溶けるように宙を舞って消えていく。幻想的な光景に目を奪われていると、布の向こうから姿を現した白銀がさらさらと動いた。
 一本一本が宝石のようにきらめいて、瞬きするだけで揺れるそれは踊るように跳ねる。
 俺は三人掛けほどの大きなソファーに座るその生き物から目を離せずにいた。

「あなたがサーヴァストの話していたユーリですね。私はシェルロの王、ナルシア・アド・ルート・ウェールスンです」

 虹のように様々な色を見せる瞳が細められて俺を捉える。その瞬間、俺は両手で顔を覆って天を仰ぎ見た。ジークの困ったような視線が刺さる。だが俺は、そのまま微動だにせずただ己の感情を抑えることに必死だった。

「ユ、ユーリ……?」
「…………」
「どこか気分でも悪くなったのか?」
「これが…………み」
「は?」
「これが……もふもふの神……!」

 そう言って俺は膝から崩れ落ちた。今まで見たことがないふわっふわの極上な毛並み、靡く白銀の一本一本が宙を舞うたびにその周囲が輝いて見える。あれ、絶対触ったらそのまま意識飛ぶやつ。どんな枕よりも最高の眠りを与えてくれるに違いない。
 サーヴァの奥さんであるナルシア様ってのは、とにかくもふもふで可愛さの塊である俺がこの世で愛すべき生き物の一つ――猫だった。

「くそっ、こっち来てから一度も猫なんか見なかったのに、こんなところでもふも……もふもふの塊見せびらかされて触れねえなんてどんな拷問だ畜生、サーヴァが憎い……!」
「ジークハルド、彼は一体何を言ってるのでしょう」
「気にしないでください、ナルシア様。ユーリは毛並みの良いものを目にすると少しおかしくなる病気でして」
「ああ、今すぐ飛びついて頬擦りしてえ、顔埋めてぐりぐりしてえ、腹撫でてだらけさせてえ、死ぬほど甘やかしてえ……」
「ユーリ、ユーリ。それぐらいにしておけ。発言が完全に変質者のものになっておるぞ。ナルシア様も引いている」

 ドン引きしたジークに無理矢理立たされて、俺は仕方なく起き上がるともう一度目の前の生き物を見た。
 猫だ、どこをどう見ても猫だ。白銀に輝く毛並みと虹色の瞳を持つふわっふわの猫だ。毛もかなり長いし目も青くないが、顔の斑模様や吊り上った目から品種的にはラグドールに近い。
 可愛い。いや、可愛いなんて言葉に表せないほど愛しい。くりくりの目が怯えているので、俺は何とか自制心を保つと背筋を伸ばした。……だめだ、可愛い。

「いかん、ユーリが完全に鼻の下を伸ばしておる」

 俺の眼前で手を振っていたジークが肩を落としてため息をつく。
 むしろもふもふのにゃんこを目の前にして平静を保っていられる方が信じられない。なんて強靭な精神をしてるんだ。

「つまりこの肉体が問題なのですね」

 俺の視線に慣れてきたらしいナルシア様は、そう言って尻尾を高く上げるとつい、とそれを揺らした。
 すると、空から布が降りてきてその姿を向こう側に隠してしまう。それに俺が嘆くより早く、布はまた溶けて今度はソファーに寝そべった長い髪の半裸の青年が眼前に現れた。頭の耳と後ろから見えてる尻尾、それに目の色からそれが先程の猫だとすぐに分かる。



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(C)siwasu 2012.03.21


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