魔王様と新婚旅行20



「うむ。そもそも魔族は休息を取ることはあっても人間のように睡眠を取る必要はない。代わりに一年の中で数日から長いもので数か月冬眠することはあるが」
「へえ、ジークも冬眠するのか?」
「しない。代わりに、人間のように適度な睡眠を通年取り続けている。ちなみにユイスは冬眠するが、キッチリ一週間で目覚める上、冬眠明けからいつも通りなので全く自由になれた気がせぬ」

 溜め息を吐くジークの気持ちは分かる。ユイスの場合は半年ぐらい冬眠していて欲しい。

「ちなみにそれ、まだ何か書いてるのか」

 覗き見ていいものか迷ったため、俺はなるべく机上のものを見ないように視線を逸らして尋ねる。ジークは微笑むと、大丈夫だと言って紙を一枚手渡してきた。
 どうやらまた手紙のようだ。一応魔王なんだし色んな所に送る必要があるんだろうなあ、と思って文字を追うが、さっぱり分からん。こっちの世界の文字は大体理解出来ていたはずなんだが。

「これは今より昔の時代に使われていた古語なのだ。読める者は長寿の魔族か、人間なら魔術師ぐらいだろう。これを送るワルシャ族は、精霊の御使いであり依り代ともなる存在故、古語しか使うことを許されておらぬのでな」
「ちなみになんて書いてるんだ?」
「うぬ、う、む。大したことではない。良ければ私のヨメを紹介したいので、挨拶に寄りたいと書いてあるだけだ」

 おっと目を逸らしたぞ。俺に知られたくない機密があるのかとも思ったが、どうやら反応を見る限りそっち方面ではないようだ。

「じゃあ読んでくれよ」
「へぁっ!?」
「大した内容じゃないなら、聞かせてくれてもいいだろ?」

 そう言って俺はベッドに上半身を戻すと横たわってジークを手招いた。
 渋々椅子から立ち上がったジークがベッドの端に腰を下ろす。

「本当に読むほどのものでは」
「いいじゃん、俺が聞きてえんだよ」

 狼狽えるジークを見ながら俺は口元を緩める。既に察していることを理解したのだろう、真っ赤になった耳は金の隙間からよく目立った。

「笑うでないぞ」
「笑わねーよ、今更」

 逆に普段からあれだけ言葉にしておいて文になると恥ずかしくなる意味が分からん。
 ようやく決心がついたのか、小さく咳払いして口を開いたジークから零れた言葉は、俺が煽っておきながら途中でギブアップするほど甘さが限界値を超えていて、すぐに手紙の内容は書き直すよう指示した。

「ユーリが読めと言うから恥を忍んで読んだのだぞ」
「すまん。お前がどれだけ俺のこと好きなのかはよく分かった。だが、それを他人に読ませた上で会うのはちょっと精神的にキツ過ぎる」

 照れながら頬を膨らませるジークに、ジーク以上に顔を真っ赤にさせた俺は頭を下げる。手紙に気付いて良かった。知らずに会った時、相手に「ああ、貴方があの夜闇を濡らすような美しい髪が動く度その周囲では月夜の精霊が無邪気に笑い太陽の女神すら理を曲げて顔を覗かせるがそんな神王の眷属でさえ及ばぬ魅力の結晶を持っているユーリさんですか」とか言われたら確実に死んでた。即死だった。こんな内容が手紙の八割を占めてるって最早それ伝達じゃなくただの惚気だろ。

「もっと『私のヨメは格好いい、とってもすごい』みたいなレベルだと思ってたからちょっと予想外だったわ」
「仮にも精霊の御使いにそんな知能のない手紙は書けぬ」
「その精霊の御使いさんとやらに精霊なんか比べ物にならないぐらい私の伴侶が素敵って惚気てたけどな、お前」

 半眼を向けるが「事実なので仕方ない」と開き直っていた。
 ちなみに書き直す手紙には必要以上のことを書くなと言ったら不服そうな目を向けられた。しまった、この調子ならさっき送った国王への手紙にも惚気てそうだな。チェックしておくんだった。
 そして最初よりも枚数の減った手紙は、すぐに窓際にいる蝙蝠さんに渡される。さっきとは別のやつだろうかと思ったが、国王には既に届け終わったらしい。マジか。速達じゃねえか。



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(C)siwasu 2012.03.21


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