魔王様と新婚旅行16 からかってくるロジを蹴りつけていると、買い物が終わったらしいジークが帰って来て眉を潜めた。 「あ、どうも魔王様、お邪魔してます」 「どこでも現れるな貴様は」 「あはは〜。本当はユイスちゃんのところに行くつもりだったんだけど、最近この引き出し、カイチョーのところばっか繋がるんだよねえ」 厄介だと言わんばかりのジークに、ロジも困ったように頭を掻いている。 こんなところまでピンポイントで現れるから、もしかしてストーカーでもしてるのかと疑っていたがそういうことだったのか。 「なので、俺はここからユイスちゃんのところに向かいま〜す。新婚旅行の邪魔はしないよ、ごゆっくり〜」 そう言って部屋を出るロジと同時に、天井の穴が塞がる。帰る時は俺を経由する必要はないのか。よく分からんシステムだな。 「そういやあいつ、姿見られるとアウトなんじゃねえの」 「ライガーは高速で移動できるから人間の視界に入ることもないし、今頃はもう森に入ってると思うよ」 眠くなってきたのか、シャーロッテが欠伸を噛み殺しながら教えてくれる。 ライガー? あいつの親父のことか? やっぱり分からないことだらけだが、俺はそういえば会計の時も逃げ足だけはめちゃくちゃ速かったことを思い出した。 ロジがいなくなると一気に部屋が静かになる。いや、あいつが五月蠅いだけだが。嵐がようやく過ぎ去ったような安堵の息を誰かが漏らすのを耳に入れながら、俺はジークの手にある麻袋を指した。 「何買ってきたんだって聞いていいのか?」 「あ、ああ、うむ」 俺の言葉に、ジークは思い出したように袋を床に下ろすと、中から布を取り出す。シンプルなベージュに赤と黒で模様が描かれたただの細長い布だ。首をかしげていると、俺に差し出してくるので素直に受け取る。 うむ、ただの布だ。受け取ったものの、どうすればいいのか分からず固まっていると、布は突然生き物のように動き出した。 「うお」 布は蛇のように腕に絡みついてくる。焦って剥がそうとしたが、止められたので様子を見ていると、ジークが聞き慣れない言葉で布に話しかけた。 なんだか音っつうか、音楽みたいな言葉だ。布はそれに反応しているのか、俺の腕を伝って頭上に移動しターバンのように巻き付くと頭を覆った。被り物のような形になったそれは、頭を左右に振ってみても落ちる様子はない。 「これは便利だな」 覗きこみさえされなきゃ頭も目も見られることはないし、視界が狭まった感じもしない。 ジークは俺の周りを回って確認すると、頷いて笑みを浮かべた。 「アネリの親戚にあたるフラネイクという種族が織り込まれた布だ。フランベスタと違い意志を持たぬ故、集合体は存在せず古語の指示で動くため様々な道具で重宝されておる」 「へえ、あ、ちゃんと覗きこまれたら隠してくれるのか」 「そのように指示したからな」 屈んで俺の顔を見ようとするジークを阻むように布がふわりと揺れる。その動きも自然で、俺は絶妙な隠し具合と抜群の通気性が気に入った。被り物は苦手だがこれなら大丈夫そうだ。 「フラネイクを使った生地はこの町の特産品なのだ、これでユーリも周囲を気にせず歩けるだろう」 「ありがとな」 実のところ都合が悪くなれば魔王らしく町一つぐらい吹っ飛ばしてトンズラするもんだと思っていたので、こういう気遣いが出来るとは思ってなかったわ。初めての場所で戸惑ってる俺に対して素っ気ないなお前、と若干苛立っていたが、これは素直に嬉しいぞ。 笑みを向けると、ジークが顔を真っ赤にさせて視線を逸らす。 ううむ、いつもなら飛びついてくるのにやはりどこか余所余所しい。馬車の中で慣れないとか言ったから気を使ってるのか、あの夜の恐怖がまだ癒えていないのか。どっちにしろ、いつもうざいぐらいに絡んでくる相手が大人しいと、どこか寂しさを感じてしまう。 俺ってなんだかんだジークのこと好きだよなあ。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |