魔王様と新婚旅行15



 まだひりひりと痛む指が元の世界へ戻れないという事実を突きつけてくる。
 頭では分かっていたが、ロジがあまりにも簡単に行き来してるもんだから、うっかり自分も行こうと思えば行けるもんだと勘違いしていた。

「なんか地味にショックを受けているような気がする」
「今更!?」

 確かに今更なんだが。
 こっちに来てから悠々自適な生活を送っていたので、ここは俺に都合のいい世界なのだと勝手に思っていたが、城を出てからずっと居心地が悪くて仕方ない。見た目で苦労したことなんて今までなかったせいもあるのだろう。

「城に……城に帰りたい」
「うわあ、この人ガチのホームシックじゃん」
「ユーリ様はいつも飄々としておられましたので、そういう消極的な感情とは無縁だと思っていましたが」

 困ったようにため息をつく二人にジト目を送りながら、俺はシャーロッテの毛並みを堪能すべく背中に顔を埋める。あ、なんか癒されて来たかも。
 しばらく精神安定剤代わりのもふもふに気持ちよくなっていると、追い打ちのような声が落ちてくる。

「ちなみに通販は天下のアメゾンでも最短で二週間後だそうですー……」
「理由は」
「先日起こった大型の台風が原因で交通機関が滞ってるみたい〜」
「……一層丸坊主にするか」
「それはジーク様が泣くと思うのでやめてあげてください」

 目が座っている俺に、アネリが慌てたように口を開く。

「それに髪は誤魔化せても目はどうしようもありません」
「だよなあ」
「ですが、そのためのサポートとして私たちが付いているのです。わ、私の失態で不自由をさせることになりましたが、ユーリ様を危険に晒すようなことは今後一切ないと誓いますので、どうかいつもの伸びやかで前向きなユーリ様に戻ってはいただけませんか」

 あ、アネリ泣きそうになってる。
 潤む瞳を視界に入れて、俺は大きく息を吸い込むと鬱屈を乗せて吐き出した。
 うっかりマイナススイッチが入ってしまったがこれ以上うじうじするのも面倒臭い。どうしようもないことを悩み続けても時間の無駄だろう。俺はずっと黙ってされるがままのシャーロッテを見た。

「シャーロッテ」
「はいな」
「お腹に顔埋めてもいいか」
「え、えぇ……まあ、それでユーリ様が元気になるってんならこの清い体を好きにしていいよ」

 そう言って仰向けになるシャーロッテの腹に、俺は遠慮なく顔を埋めた。背中とは違い柔らかなもふもふが俺の頬をくすぐる。最高だ、最高の気分だ。しばらくぐりぐりして堪能した俺は、満足げに顔を上げた。

「ありがとうな、元気出た」
「どういたしまして。あの台詞で躊躇なく顔突っ込めるユーリ様の図太さを尊敬するよ」

 聞けばシャーロッテはまだ独身らしい。ってことは俺は独身女性の裸体に正面から抱き着いた形になるのか。なるほど、すまなかった。だが気持ちよかったので後悔はしてない。
 アネリとロジを見れば何故か真っ赤な顔を両手で隠している。

「今のは見なかったことにしておきますね」
「お、俺も〜」

 まさか今のは浮気になるのか? いや、ロジにも同じようなことを何度もしていたはずだが。
 気になって指輪を確認したが反応なし。よし、大丈夫だ。
 ピグモとアラモがいないせいか、城を出てからどうも気分が落ち込みがちだったが、そもそもロジの提案とはいえ今回の旅路に賛成したのは俺だ。だったらこれを最後だと思って出来る限り楽しんでやろう。そして帰ったら二度と城に出ないと誓おう。引きこもりに対して前向きになった俺は「最後の旅」という決意に意気込んでいたのだが。

「あ、カイチョー。ちなみに黒染めならいっぱいあるんだけ」
「いるわけねえだろぶっ殺すぞ」

 せっかく忘れようとしたのにまた掘り返すんじゃねえよ。



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(C)siwasu 2012.03.21


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