魔王様と新婚旅行11



 話を聞けば、奴隷の制限は意外と緩かった。
 元々奴隷制度は生活に支障が出る病気やケガを持つ子供たちの保護が目的だったらしい。この世界の人間は五体不満足で生まれた子供や病気の子供、将来生活に支障が出るような怪我をした子供を魔族の領土に捨てる習わしがあったんだが、三代前の国王は自分の子供が生まれつき目が見えないと知るや、奴隷制度を作って子を信頼ある貴族に任せたんだとか。奴隷は主人に従う代わりに、限りある命を保証してもらう。真面目に働けば、雀の涙程度だが賃金も発生する。しかも、その発生した賃金を貯めていればいつか主人から自由を買うことも不可能ではない。そして、その時は主人が保証人となって、身分を手に入れることが出来る。

「なんだ、めちゃくちゃいい制度じゃねえか」

 だから手がなかったり足がなかったりする奴隷が多いのか。俺のことを珍しいと言ってた奴らの言葉にも納得がいく。

「まあ、ですが今ではそのあたりもなあなあで、奴隷制度を使って口減らしのために捨てられる子供も少なからずいまして。また、貧しい家では奴隷の方がいいと進んで志願する者もいます。そういった者は大抵主人に見捨てられない程度に手を抜いて、最低限の暮らしを得ているようです。本来の奴隷たちも、自由より賃金を使って娯楽に走るようになりましたし、今では富裕層の腰巾着と笑われるような立場なんです」
「まあ、そこまで待遇が良ければそうなるよな」

 こちらの奴隷はなんて贅沢なんだ。俺もこの世界で自分の家が貧しければ間違いなく自ら奴隷になっていたに違いない。

「でも奴隷はあくまで身分のない商品だから、盗賊にも狙われやすいんだ。気を付けて……って言っても、ジーク様と私たちがいれば心配することはないけどね」

 ベッドで横になっているシャーロッテがあくびを噛み殺しながらそう言って目を閉じた。羨ましい。俺もベッドでゴロゴロしたい。俺がシャーロッテに視線を向けていると、アネリが少しだけ眉をしかめる。

「シャーロッテ、いくら客人とはいえユーリ様の前でそのような態度でいるのは」
「客人、だからだよ。ユーリ様だって気さくに話せる相手が欲しいでしょ?」

 ウインクされて、俺はどっちでもいいと手を振った。シャーロッテたちラゴーブルは北の国の魔王から友好の証に贈られた一族だ。他の国から来た種族は客人として手厚くもてなされ、時には今回のように仕事を与えられたりする。これは以前アラモから教えてもらっていたので覚えていたのだが、床に座る人の姿をしたアネリとベッドで横になる獣のシャーロッテにどうしても違和感を覚える。ちなみに俺はアネリが用意した椅子に座っている。

「正直ね、ユーリ様が人間の領土で奴隷として登録されてもジーク様にとっては何の関係もないんだよ。人間の決めた法はあくまで人間の領土での話。奴隷であろうが貴族であろうが、ユーリ様はジーク様のヨメ。私たちにとってはそれが一番大事」
「そうですね。多少の面倒はあるでしょうが、所詮付属の身分。けれどユーリ様がそれを厭わしいと思うのでしたら、すぐにでも対処いたします」
「……ちなみにどう対処するんだ?」
「この地を滅ぼします」
「王様を殺す」

 二人の迷いのない瞳を見て頭を抱える。こういうところが魔族なんだよなぁ……。

「とりあえず、現状で問題ない。むしろ人生でなかなか無い体験だと楽しませてもらうことにする」
「私は今すぐにでも人間を噛み殺したいけどね。西の国は平和で腕がなまりそう」

 てっきり温厚な性格だと思っていたので物騒な発言に椅子ごと後退してしまう。聞けば北の国はいつも人間と争っているのだとか。

「城でゴロゴロしてたから忘れていたが、そう言えばこの世界ってファンタジーだった」
「ふぁんたじー?とは何でしょう」

 首を傾げるアネリに何でもないと首を振って、俺は久しぶりに頭を使う。
 考えてみれば異世界ファンタジーな世界に飛ばされたり転生する奴って、まずはその世界の文化だったり貨幣価値だったり自分の立場を分析して順応していくよな。飛ばされてすぐ魔王城に直行の上、バラスの中で引きこもりニート生活送ってる方が珍しい。しかも元の世界からの差し入れ付き。

「そうだ、ロジ。あいつどうせどこかで天井あたりから出てくるだろ」
「はーい、呼んだ?」

 まさか四六時中監視してるんじゃないだろうな。
 さっきまで魔王城にいた筈なのにさも当然と言わんばかりに天井から会計の顔を覗かせるロジは「これ楓ちゃんからの差し入れ」と携帯用の歯ブラシセットを渡してくる。

「おい、ちょっと待て。カナメに旅行のこと話したのか」
「正確にはいつもの観察眼でバレたんだけど。安眠枕とか押し付けられそうだったからせめて歯ブラシぐらいはいいかなあって」

 一応ロジに定期的に買ってきてもらってる歯ブラシを城から持参してはいたが、この世界にケースとかポリ袋は無いので携帯用は地味に有り難い。
 こいつら、歯はあるくせに虫歯がないんだもんな。口をゆすぐことはしているらしいが、歯を磨くという行為は知らないらしい。前に俺が歯ブラシをくわえたままピグモとアラモを探しに廊下を歩いてたら、メイドたちが興味津々といった目を隠しきれてなかった。

「んじゃ持ってきたやつ、後で渡すから俺の部屋に置いといてくれ」
「おっけ〜」

 考えてみればあんな大荷物を用意しなくてもロジを使えば城から好きなものを取ってこれるんだったな。だが旅行の意味がないとユイスに怒られそうなので、頻繁に取りに行かせるのはやめておこう。

「で、ここってもう人間たちの領土だよね。グラエ?カナッチェ?ナルシア様には先に会った?」
「いえ、先にグラエの方に来ています。ヨヌ川をご覧いただこうかと」
「そっか、そのまま南に行く方が厄介ごとも少ないもんね」
「地図、地図をくれ」

 ロジとアネリの会話に早々ついていけなくなった俺は慌ててアネリから地図をもらう。まだこの世界の言葉は覚えきれていないが、ジークと結婚した時ユイスに同じような文面を延々書かされたことがあるので名称のような文字だけなら読める。所謂平仮名なら分かる5歳児のようなものだ。



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(C)siwasu 2012.03.21


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