魔王様と新婚旅行10 「フランベスタは何度でも集合して人の形を作ることが出来るが、集合体として完成された個体の美しさにプライドを持っておる。今回両腕を切ることでアネリは腕の傷が残ることになったが、それはつまり同じフランベスタに見下される屈辱を個体が崩れるまで持ち続けなければならぬということになるのだ」 「ですがこのような傷、逆に美しすぎて申し訳ないです」 「最終的な処罰はユーリが下すのだろう。私は形式上の処罰を与えたに過ぎぬ。わざわざその程度までは誰も咎めぬだろう」 うーむ。結局分かったのはアネリが人間じゃねえってことで、城でも俺はぼっちだったということだけだ。 人間側の情報量だけでパンクしそうなのに、こんなところでアネリの正体まで知ってしまうとは。 「駄目だ、知らないことだらけで考えるの面倒臭くなってきた」 「そうならぬために今までユイスから教育を受けていたのではないのか」 「だってあいつ、くどすぎて聞いても右から左に流れていっちまうんだよ」 呆れたため息をこぼすジークに、そういえば城にいる種族の説明なんかもしていたような……とユイスの話を思い出すが、やっぱりあんまり覚えてなかった。正門に行ったら食われるぐらいしか記憶にない。 「ユーリ様、失礼は承知ですが無知はご自身の身の安全を脅かすこともあります。今後わからないことはその都度聞くようにしてください。私もこれ以上ユーリ様の立場が辛くならぬために尽力を注ぐとお誓いいたします」 「努力はする、努力は」 既にこの旅にうんざりしてきた俺だったが、これからモフモフに会いに行けるんだと自分を奮い立たせて気力を持ち直す。折角だからジークに八つ当たりでもして気を紛らわせようかと思ったが、顔を見るとまだ他人のように感じて気まずい。視線を逸らすと、わざとなのか顔を近付けてきたので眉をしかめた。 「その顔、せめて誰もいない時は戻れたりしねえの?」 「魔力はほとんどユイスに譲渡している故、戻ることは厳しいのだが……そんなに嫌か?」 俺の反応がショックだったのか、捨てられた子犬のように肩を落とす姿は確かにジークなのだが、うん、まだ暫くは慣れそうにない。とはいえ本人に非はないので罪滅ぼしに頭を撫でてやったらすぐ復活したから割と元気そうだ。 「ところで夕食はどうする?主人は奴隷の待機を構わないと言っていたから、私の残りでよければ食事を運ぶが」 「あー……いや、折角だから降りて食う。他の奴隷が主人に対してどんな身の振り方してるかとかも見てみたいし」 「でしたら夕食の時間までユーリ様が知りたいことをお教えしましょうか?シャーロッテも良くこちらに来ているので、大抵は答えられるかと」 腕を切られてもなんてことない顔を見せるアネリの態度はいつも通りだ。ジークも怒っていないようだし、何も変わっていない。こいつらの感覚に慣れすぎて違和感を覚えなかったが、考えてみれば俺の状況って周囲がもっとざわつくものじゃないだろうか。一応魔王のヨメである俺がいくら領土が変わったとはいえ奴隷扱いされてるわけだし。 黙ったまま二人を見つめる俺に揃って首を傾げる姿を見ると、見た目は同じに見えてやっぱどこかズレているのだと気付かされる。 「ああ、うん。そうさせてもらう」 そんな人間ではない存在に人間の情報を教えてもらって大丈夫なんだろうか。いや、知識なら常識よりも偏りが少ないはずだからきっと大丈夫だろう。……やっぱり少し不安だ。 「なら私は所用で少し買い物に行ってくる。この部屋の鍵は閉めるから、ユーリはアネリたちの部屋で待っていてくれ」 「ついていかなくてもいいのか?」 「常に引っ付いていなければならないわけでもない。単独行動が禁止されているだけで、それ以外に大きな制限はないからな」 奴隷という言葉で勝手な想像をしていたが、実際区別はしても差別はそれほどないのかもしれない。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |