魔王様のにゃんにゃん1



世の中には自分の予想を超えた現実ってものが存在するわけで、突然世界が霧に包まれて化け物が現れたり、親父が可愛い妹を連れてきたり、ヒーローにスカウトされて悪と戦ったり、そして主人公が大体驚いた描写をしているのも無理はない。俺も多分驚く。
 けれどそんな奇天烈な物語の住人たちと同じく、俺も生徒会室にある引き出しから異世界に飛ばされたり、そこで出会った魔王と結婚したりしているので、最近ではその類の話を見ると「お前も大変だろうが頑張れよ……」と勝手に親近感を覚えて共感している。
 そんな余裕でいられるのはなんだかんだ自分の身が安全だからであって、もし勇者になれとか言われたらお断りだし毎日すぐ傍で危機感を覚えるような日常も絶対ごめんだ。
 つまり現状は非現実的な非日常なのに魔王がこれでもかと言わんばかりに俺に愛情を注いでくれて、例え包丁でりんごを剥くような行為すら許さないほどの過保護ぶりを発揮するため要するに平和なのだ、魔王のヨメとしての生活が。

「だから俺は認めないぞ」
「ユーリ……」
「既に異世界に飛ばされて魔王のヨメやってホモ生活送ってんだから、これ以上の非現実的案件は入場禁止だ。満員だ、満員御礼。定員オーバー」
「そうは言っても既に入場した後のようだが」
「だったら責任とってお前が連れ出せよ! 引っ張り出せよ! 追い出せよ! どっかやれよ!」
「何か勘違いをしているようだが、今回私は何もしておらんぞ」
「そうなのか? こういうドッキリ萌えイベントは大体恋人が仕掛けるもんだろ? こないだロジが貸してくれたホモ漫画にそういうのあったぞ」
「うーむ、しかし私としては耳よりも角の方が萌えるというか」
「っんな性癖暴露して欲しくなかったわ! 角出た時は真っ先に疑うからな!」
「本望だ」

 気持ち悪い笑みを浮かべて鼻息荒く妄想している魔王ことジークは、妄想が進みすぎて勃起している。優しい俺は膨らんだ下半身を静かに踏んでやった。
 悶え苦しむ様子を眺めていると落ち着いてきたので、俺は朝起きると自分の体に突然猫耳と尻尾が生えていた現象について心当たりがないか前日の記憶を探ってみた。
 ラブコメのテンプレでは恋人の策略だったり二人の恋の応援をしている第三者の画策だったり、はたまた二人の恋路を邪魔したい第三者の陰謀だったり、考えたくないが本人のうっかりドジだったり……ないない、俺はこの三日ロジに頼んでた新作ゲームに時間を浪費していたんだぞ。
 急に耳と尻尾が生えるような原因なんか思いつかん。

「何か変わったものを食べたりはしておらんのか?」
「お前横で見てたから知ってるだろ? メイドが持ってきたものとポテチとコーラしか口にしてねーよ」
「その、ぽてちとこーら? が原因ではないのか?」
「確かにロジが仕込んだって線もあるけど有り得ないだろ。こんな余計なことしても出禁期間が延びるだけじゃねえか。昨日泣きながらトングで追加のポテチ渡してきたぞ」

 更に言えば元いた世界と繋がっている引き出しからこちらに向かって手渡す際、八ミリ程城内に侵入したとユイスに怒られて更に泣いていた。
 日頃の行いが悪いので同情はしないが今回の件とは無関係だと思う。
 ……思いたい。
 …………信じたい。

「だとすれば何故そのようなものが生えるのか」
「知らねーから原因探ってんじゃねえか! ……ううう、さっきからこれ怒ったり考えたりする度に動くからすっげえ気持ち悪ぃんだよ」

 猫や犬の尻尾がやたらよく動くのはこういうことか。
 あんなに振り回して疲れないかと思っていたが、それほど体力は使わないようだ。
 しかし元々自分の身に付いているものではないため、神経がピリピリするような違和感を覚える。むず痒いような、背筋が震えるような、とにかく説明し辛い。
 そんな俺の何とも言えない表情を見て、顎に手を添えながら考え事をしていたジークは伝書用の小さな虫を出してきた。

「ユイスなら心当たりがあるかもしれん」
「えぇ……呼ぶのか?」
「呼ばないほうがよいのか?」
「いや、例え俺のせいじゃなくても何かしら理由をつけて怒られるであろうことを考えると面倒臭ぇなぁ……って」

 ユイスにガミガミ説教されることを想像したら一気に気分が萎える。それに合わせて耳まで俯いてしまう。

「おお、垂れ下がっておる」

 ジークは人の気も知らず面白がって触れてこようとする。俺は手で払いながら半眼で見上げた。
 いつものこいつなら心配して俺以上におろおろするのに、今回はどちらかといえば楽しんでるように見えるんだが。
 やっぱこいつが犯人じゃねーのか?

「思ったより心配してねーのな」

 嫌味のつもりで冷たい視線を向けるが、ジークは気付いてないようだ。
 耳を触りたそうに指を動かしながら隙を狙ってくる。

「命に関わるようなことでもなさそうだからな」
「ぐぐ、今日はえらく強気じゃねえか」

 泣かれるのは嫌だが偉そうなのも嫌だ。俺より二十センチ以上でかい男に意地悪そうな笑みを浮かべて見下ろされるのはもっと嫌だ。

「ふふふ、ユーリこそ強がってはいても不安そうだぞ、耳が寝ておる」

 言われて自分の耳を触れば、ペタンと頭にくっついていた。尻尾もすっかり足の間で丸くなっている。
 ぐっ、この状況はかなり分が悪い。

「うぎゃっ!」
「おお、ラゴーブルよりは柔らかい毛並みをしているのだな」

 さて、どうするかと考えている間に焦れったくなったのか、距離を詰めてきたジークが俺の耳を無遠慮に撫でてきた。

「さ、さわんなって」
「ユーリも色んな毛並みの者を『もふもふが気持ち良い』と触っておるではないか」
「ぐううううう」

 それを言われてしまっては返す言葉がない。
 ついでにジークの言葉に、もしかしてセルフもふもふが出来るんじゃないだろうかと自分の尻尾を触ってみたが、触られたという不快感の方が強くて全く気持ち良くなかった。
 もしかしてピグモとアラモは触られてる時いつもこんな気持ちになっていたのだろうか。だとしたらこれからはもう少し触るのを控えよう。
 ……控える努力をしよう。



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(C)siwasu 2012.03.21


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