魔王様と新婚旅行09



 ジークは宿の主人らしき男と空いている部屋の交渉をしていたが意外とすんなりいったのか、笑みを浮かべながら振り返って器用に口笛を鳴らす。すると外で待機していたシャ―ロッテが中に入ってきてジークの足にすり寄った。
 宿の主人は少し息をのんで、苦笑しながら口を開く。

「思ったよりも大きいですね」
「迷惑はかけないと約束するよ」

 そう言って二人を挟むカウンターに置かれた小袋の中身を確認した主人は、満足そうに鍵を差し出しながら二階を指した。ジークは礼を言いながら、視線を俺とアネリに向けてきたので、黙ってその後ろにつく。
 その時主人が何か言いたげな視線を俺に向けてきたが、気付かない振りをした。
 ジークは男女で分かれるよう二部屋をとったらしい。ジークの指示にアネリが頭を下げてシャーロッテと部屋に入っていくと、俺はジークとその隣の部屋に入った。室内は簡素だが清潔感があって、少なくとも外で寝る必要がないことに俺はようやく安堵の息をつく。

「ユーリ、疲れたのならベッドを使うがいい」
「そうさせてもらうわ。あー、面倒臭え。これなら魔王城の方がよっぽど気楽だぜ」

 倒れこむようにシーツに体重を乗せると、城にいた頃よりは固いマットに思わず眉が寄る。ピグモとアラモが恋しい。あいつら今頃泣いてないかな。

「ユーリ、こちらの常識を教え忘れていてすまなかった。分かっていればこんな面倒なことには……」
「いや、それもあるけど、そもそもずっと顔隠してなきゃなんねーのが面倒臭ぇ。あんまキョロキョロしてっと注目されるし、俺も人間なのになんでこんな肩身の狭い思いしなくちゃなんねえんだよ」

 ベッドの端に腰かけて頭を撫でてくれるジークに、この町に来てからの愚痴を延々とこぼしていると、ノックと共にアネリが入室してきた。
 何の用事かと身体を起こすと、アネリは真っ青な顔で深々と頭を下げながら手の甲を上にして両手を前に差し出してくる。

「ジーク様、ユーリ様、この度は私の失態により大変な失礼とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ユーリ様の温情で片付けられる話でないことは承知しております。どうぞ、ジーク様」
「うむ」

 え、この話ってもう終わったんじゃなかったのか。固まっていると、アネリの差し出した手の周りで何かが通り過ぎるような音が聞こえて、同時に両手が床にポトリと落ちる。一瞬何が起きたのか分からなくてジークとアネリを交互に見てから、ようやくジークの右手に浮かぶ水が掌の中に消えたのを見て状況を理解した。

「おい!処罰は俺に任せるって」
「そうもいかぬ。アネリの失態はどこかで必ずユイスの耳に届くだろう。そうなればお前が騒いだところでアネリの死は免れんぞ。だから今ここで多少なりとも罰を与えぬと」
「だからって両手切ることねえじゃねえ、か…?」

 怒りのままアネリを指してジークに詰め寄るが、ふと気付いてアネリの両手を見る。両手は床に落ちたままだが、ただそれだけだ。

「あれ、そういや血が出てねえぞ?痛くないのか?」
「はい。ジーク様、感謝いたします」

 アネリはそう言って笑みを浮かべながら頭を下げる。俺はどういうことか分からず首をかしげていると、床に落ちていたはずの両手が何故か俺の目の前にいた。

「お、わっ」
「ああ、駄目ですよ、ユーリ様を驚かせては。戻ってください」

 アネリの言葉に右手と左手がまるで生き物のように振り返ってアネリの元へ進むと服をよじ登って無くなった手の部分におさまる。
 手首の傷跡以外は何も変わりないアネリの様子に、俺はようやく状況が飲み込めてきた。

「え、っと、アネリは」
「ユーリ様に言ってませんでしたか?私は死と土のアンデット族であるフランベスタです。この身体はあくまでフランベスタの集合体。脳を担当する私がアネリです」

 見た目が俺と同じ人間と変わらないせいでつい同族だと思っていたが、よく考えれば俺が住んでたのは魔王城。あれだけ俺のことを人間臭いと嫌悪するユイスのことを考えれば、アネリが人間であるはずねーんだよな。



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(C)siwasu 2012.03.21


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