魔王様と新婚旅行08 どうやらジークはこの町に何度も来ているのか、馴染みの相手がいるようだ。 露天商に声をかけられ、談笑しながら俺を手招きするので戸惑いながら近寄ってみる。恰幅のいい男にシーゲルモンテ、と挨拶されたので戸惑いながらもフリッタリーノと返事すれば感心したように顎をさすった。 「五体満足の上言葉がわかるなんて珍しいですね。どこで買ったんですか?」 「悪いが教えられないんだ」 俺に意味ありげな視線を送る男に気まずさを感じるが、アネリに言われた通り口を開かず俯き加減で二人の会話が終わるのを待つ。 「こいつは頭の回転が速いから、ただ使うだけじゃなく将来的に教養も身につけさせたい。奴隷の待遇がいい宿はないか?」 「ああ、それならシヴィルのところの息子さんが去年新しい宿を始めたんだが、奴隷をヨメにしただけあって奴隷の待遇はここらじゃ一番ですよ」 「それはいいな」 お、なんだか希望の見える話だぞ。 俺のために情報を仕入れてくれたのか、と男から勧められた商品を買い付けつつ、宿の場所を聞くジークをフードの隙間からこっそり盗み見る。見た目も全く違うし口調もどこか胡散臭さがあって別人のようにしか見えないが、俺は感謝の気持ちを込めてジークのローブにこっそり手を差し入れて腕を優しく握った。 しかし目ざとい男は俺の行動に気付いたらしい。にやにやと笑みを浮かべて俺とジークを交互に見る。 「なんだ、えらく懐かれてますね。旦那も奴隷をヨメにするのは抵抗がないクチですか」 「まさか。この子はまだまだ甘えん坊なだけだよ」 男の言葉に、ジークは困ったように笑って俺の手を取るとやんわり引き剥がして一歩下がるように手で払われた。 俺は一瞬呆気にとられながらも指示通り数歩下がってジークの背中を見る。多分、この状況ではそれが最善だと思ったから突き放したんだろうが、ジークからあしらわれるような拒絶をされたのは初めてだ。もやもやする心に気分が沈んで、次にイライラし始めていると、気配を感じ取ったらしいジークが長話を続けようとする男から逃げるように手を挙げて俺の方を振り返った。 取り繕った笑顔を見せているが内心焦っているのだろう。俺はフードの隙間から睨みつけると、無言で別の露店を見て時間を潰していたアネリの方に駆け寄った。 「あら、駄目ですよ。主人からなるべく離れないよう、に」 俺に気付いたアネリが露店の前で体裁上の台詞を吐きかけて、俺の雰囲気に気付いたのか固まる。そして結局どっちにするのか急かす露天商のおばさんに曖昧な返事をしつつ、そそくさと買い物を済ませると近付いてくるジークに恭しく頭を下げた。 「ここでは身動きが取りにくい。早く宿へ向かうぞ」 小さな声にアネリが頷いてジークの後ろにつく。それに倣って俺も渋々ついていけば、数分歩いた大通りの裏手に質素な宿が見えてきた。 外では宿泊客のペットなのか乗り物なのか、様々な動物が鎖に繋がれながら駐輪場のようにエリアごとに並べられている。そこに屈強だが片腕のない男も座っていて、なるほど奴隷って基本こんな扱いなのかと背筋が震えた。 俺ならこんな待遇我慢出来そうにない。 「ユーリ様は、そのまま部屋に入るまでジーク様の後ろを離れないようにお願いします」 耳元で囁くアネリは、先程の行動に対しても言ってるのだろう。まあそれで意地になって面倒ごとが増えるのは不本意なので黙って頷く。 宿に入れば広い食堂がまず目に入った。ゲームや漫画でしか見たことがないような空間に心が躍りそうになるが、今の俺にとって一番大事なのは、隅で簡素なテーブルと椅子が並べられている席だ。そこでは見た目から奴隷と分かるような連中が静かに食事をとっていた。 あの輪の中に入るのか、結構気が重いな。そこでも眼帯がされている者、腕のない者、足のない者が多く、衛兵が言っていた「奇麗」だとか露天商が言ってた「五体満足」というのは奴隷の中でも珍しい方なのだと気付かされる。 自分が登録上奴隷の立場じゃなければきっと気にも留めなかったんだろうが、こうして意識してしまうと嫌でも目に付く一般人と奴隷の差に思わず顔が歪む。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |