魔王様と新婚旅行07 特別そうな門の前に着くと、また衛兵っぽい男が現れて四つ折りの紙を受け取るなり笑顔で中へと馬車を誘導してくれる。ようやく町の中に入れて安心した俺とは反対に全員の困った様子についていけずにいると、まごまごしたアネリが眉を下げてこちらを見た。 「その、大変申し訳ない話なのですが、ユーリ様はジーク様の奴隷として登録されてしまいまして」 「あ?あ、あー」 衛兵っぽいおっさんとアネリの会話を思い出して納得する。ファンタジー系の奴隷って言葉が分からないキャラとか出てくるもんな。挨拶が分からない言い訳としては一番自然だ。 と、いうかこの世界にも奴隷は存在するのか。他人事のように考えていると、アネリは頭を深く下げだした。 「本当に申し訳ありません。咄嗟のことだったとはいえ、ユーリ様を奴隷扱いするなんて。ちゃんと事前に伝えていればこんなことにはならなかったのに」 「いや、気にすんなよ。お前らだって人間の常識はよく知らねーんだろ、忘れるのも無理ないって」 深刻になる雰囲気に、俺は頭をかいてどうしたものかとジークを見るが、何故か難しい表情をしている。 「どうかこの旅の最後までは責任を。その後の処罰はいかようにも」 「うむ」 「いや、ちょっと待てって」 なんでそんな重い空気になってんだ。確かに仮にも魔王のヨメを奴隷の身分として登録してしまったのは不敬かもしれないが、別にこの町だけの話なんだからたかが数日のことだし、そもそも奴隷として登録されることはそんなにヤバいことなのか? アネリを庇おうと二人の間に割って入ろうとする俺に、シャーロッテが口を開く。 「あのね、ユーリ様。今登録された通行証の身分は一年間有効で、これからの旅路で訪れる町や村、国全てに適用されるんだよ。奴隷は宿で部屋を与えられないから廊下で立ってるか主人と同室になるし、食事だって家畜やペットみたいに店の外で繋がれるか、良くて用意された奴隷専用の隅っこの席で奴隷用のご飯を食べなくちゃいけないんだ」 「マジか」 まあ奴隷って大体虐げられるのがお決まりだもんな。宿はジークと同じ部屋でも別に構わないとして、食事は確かに困る。せっかくこっちの美味い飯食えると思ったのに。 固まった俺に、シャーロッテはつまらなさそうな目をアネリに向けた。 「ジーク様はお優しいから、アネリは帰ってから死刑だね」 「しっ」 言葉を詰まらせる俺は、否定しないジークを見て眉を顰めた。 「そこまでしなくてもいいだろ」 「そこまでする程のことをしたのだ」 アネリは頭を下げたまま何も言わない。 こいつには魔王城に来てからずっと世話してもらっていて、一番付き合いが長く、気を許した相手だ。ジークだって真面目で優しいと褒めるぐらいアネリを気に入っていることを知ってる。 俺の世話係にしているぐらいだ、それなのに一回のミスで死刑ってちょっと厳しくないか。 「あー、ダメだ。そういうのやめろ」 俺はアネリの肩を掴むと冷たい視線のジークを睨みつける。そうだ、こいつ泣き虫だのヘタレだの言っても一応魔王だったんだよな。 「ユーリ、アネリを庇ってはならぬ。過誤の対価は見合わなければ意味がない」 「じゃあ俺が決める。こいつのミスを被るのは俺なんだから、お前が出しゃばるな」 ジークがぐ、と何か耐えるように唇をかたく閉ざす。あ、これ俺の口調が強いせいで泣きそうになってるな。 シャーロッテがジークの味方をする前に、俺は畳み掛けるように口を開いた。 「アネリとは城の中でも一番付き合いが長いんだ。そんな奴がいなくなったら俺、ショックで家出するからな」 「私の元を離れるのか!?」 勝った。威厳のある雰囲気から一変、いつもの半泣き魔王になったジークを見て俺は明後日の方向を見る。 「それかショックで食事も喉を通らなくなって餓死したらどうしよう……」 「ゆゆゆゆゆゆるさーん!」 飛びついてくるジークに馬車が大きく揺れる。俺の肩口に顔を埋めながら今にも泣きそうなジークを見てこいつの年齢いくつだっけ、と思わず真顔になった。 「私をおいて先に逝くなど冥王と戦争になってでも許さぬぞ!」 「じゃあアネリの処罰については俺に任せてくれるよな」 「う、うぅぅぅ」 呻きながらも頷くジークを見て俺は何ともいえない表情を見せるシャーロッテにピースサインをしてみせた。 「ユーリ様って、噂には聞いていたけど本当にジーク様を尻に敷いてるんだね」 「失礼な。これでも夫思いの良き妻だと自慢したいぐらいだぞ」 胸を張ってドヤ顔を披露していると、馬車が止まって御者が恭しく扉を開けた。 扉の向こうに見える景色は魔王城にいた時とは全く違い、俺にとっては懐かしいたくさんの人間達が賑わいを見せていた。 「まるでゲームの中にいるみてぇ」 感心しながらジークとアネリ、シャーロッテの後に続いて降りると、アネリが振り返って軽く頭を下げ周りに聞かれない程度の小さな声で謝罪する。 「温情に感謝いたします。どうか、ユーリ様のお気の済むように」 「そういうの嫌いなんだよ。折角打ち解けた相手が変わってまた馴染むまでが面倒臭ぇだけだから気にすんな」 気恥ずかしくなって視線を逸らしながら言えば、アネリは小さく笑って姿勢を正した。 「宿に着くまでユーリ様はなるべくお顔を隠し、言葉を話さないようお気をつけください。今は大丈夫かもしれませんが、もうすぐ警備兵にも通行証の情報が伝わるはずですので」 そう言って目配せする先には警備兵らしき制服を着た男たちが壁に寄りかかって談笑していた。 見た目はファンタジーの世界だが細かいシステムは現実っぽいな、と思いながら俺は頷くとフードを深くかぶり直す。魔王城では種族が違う上に外も出れず窮屈な思いをしていたが、人間の領土に来てもそれは変わらないようだ。 こうして考えると、こっちの世界に来た時人間の領土に迷い込まなくて本当に良かった。黒髪を見られただけで罪人扱いになるんだもんな。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |