魔王様と新婚旅行06



 それから体感で二時間ほど走った後に着いたのは、どでかい門だった。そんなに高さがいるか?ってほどの堅固な構えだが、魔王の領地との境界近くであればそれぐらいの警戒も必要なのだろう。
 俺は賑やかになる声に釣られて窓から身を乗り出そうと身体を起こすが、申し訳なさそうにカーテンが閉められる。人が増えてきたからだそうだ。

「ユーリ、ここからは髪の色が見えてはいけない。フードを被っておれ」
「あと申し訳ありませんが私の横に座りなおしてもらってもよろしいでしょうか?」
「面倒臭ぇな」

 あんまり帽子とか被り物好きじゃねぇんだよな、落ち着かなくて。
 俺の世界なら当たり前の黒髪は、この世界では神王の使いのみにしか許されない色らしく染めることも冒涜とみなされて刑罰が与えられる。魔族は神王を信仰しているわけではないので特に気にしないが、人間に見つかればトラブルになるのは目に見えているそうで、なら俺の髪もジークみたいに変えてくれと頼んだが魔力がないと効果を持続させることは出来ないと断られてしまった。魔法のある世界の癖に不便が多すぎだろ。
 俺はとりあえず言われた通りにフードを深く被るとアネリの横に座りなおす。俺の元いた席にはシャーロッテが我が物顔で寛ぎ、ジークがその頭を撫でていた。あ、そういえばそんな設定だったな。
 街の中に入る為には許可証の提示か申請が必要な為、他の馬車と同じように列に並んで待っていると、暫くしてノックの音が聞こえる。アネリが開ければ、いたのは衛兵らしき格好の中年男で手には古くさいペンとボードを持っていた。

「シーゲルモンテ、許可証はありますか?」
「フリッタリーノ、金の許可証を持ってます」

 シーゲ…フリッタ…なんだそれ?
 首を傾げていると中年男が眉を顰めてこちらを一瞥してきたので思わず肩が揺れる。すかさずアネリが俺を指して身を乗り出した。

「すみません、買ってから言葉を教えてはいるのですが覚えが悪くて」
「ああ、成る程。それは綺麗な買い物でしたね、マトモなのは最近出回ってないと聞きますが」
「ええ、高い買い物でしたので教養は一通り学ばせています」

 全く意味が分からない会話だが、とりあえず馬鹿そうな顔をしとけばいいのかとボーッとしていると、ボードと許可証を交互に見つめていた中年男は、顔をあげて人の良い笑みを浮かべた。

「ロベリア家の方々でしたか。すみません、転職して間もないもので」
「いいえ、お気になさらず」
「馬を誘導しますのでどうぞあちらの門からお入りください」

 そう言って視線を移した方を見れば、誰も並んでいない装飾華美な門があり特別な相手だけに開くものだと察する。
 アネリが中年男から紙を受け取って扉を閉めればすぐに馬は動き出す。そこでジークとシャーロッテが息を止めていたかのように大きく息を吐き出した。

「ユーリに挨拶を教えることを忘れておったわ」
「あぁ、あれ挨拶だったのか。こんにちわー、どうもー、みたいな?」
「正確にはシーゲルモンテが神王の書物でいう『神王様より与えられる素晴らしき日に感謝を』で、フリッタリーノが『今日も美しい空が我々を導いてくださってます』です」

 神王を信仰している人間特有の挨拶らしく、生まれてから両親の名前の次に覚えなければならないと言われるほどよく使われる言葉なんです、とアネリから説明を受けるが、それ一番最初に教えておいて欲しかったぞ。だからあの中年男は訝しんだのか。

「シーゲルモンテは変わらないけどフリッタリーノは晴れの日にしか使わないから曇りや雪はログレタリーノ、雨や台風の日はシャイフィリーノ、雷の日はヤグィナリーノって答えなきゃダメだよ」
「ヤ、ヤグ…すまんもう一回言ってくれ」

 ログレタリーノは覚えたがあと二つが分からん。俺が面倒臭え面倒臭えと愚痴りながらも覚えた単語をぶつぶつ呟いていると、シャーロッテが慰めるように近付いて身体を擦り寄せてきた。
 遠慮なくもふもふに癒されていると、ジークが暗記に苦戦している俺に笑みを浮かべながら口を開く。

「ヤグィナリーノは人生でそう使う機会がないから覚えなくても構わん。それより少し困ったな」
「えぇ、困りましたね」

 そう言ってジークとアネリが見つめるのは中年男が渡してきた四つ折りの紙だ。俺たちと許可証を見ながらボード上に記したものを千切って渡してきたが、一体何だったんだ。



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(C)siwasu 2012.03.21


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