魔王様と新婚旅行05



「気分が優れないようだが大丈夫か?」
「顔を覗き込むのはやめてくれ」

 出発してから数時間。早くもピグモアラモ欠乏症によってテンションだだ下がりな俺は、膝の上に顎を乗せているシャーロッテの毛並みを撫でながら俯いていた。そこへ見慣れない顔が眼前に迫ってこられても顔をしかめることしか出来ない。

「ユーリ様はジーク様のお顔にまだ戸惑われているようですね」
「うーむ」
「うっ、うっ、城に帰りたい……」

 俺とジークに向かい合うような形で座るアネリが、拒絶の言葉に泣きそうなジークを宥めている。出発してから姿勢も崩さず人形のように息を潜めていたので少し存在を忘れていた。
 外の景色は森を抜け丘の上を走っている。馬車ならもっと時間がかかるかと思っていたが、おそらく馬と御者が優秀なのだろう。
 窓の向こうをぼんやり見ながら魔王城のことを思い出す。ピグモもいない、アラモもいない、視覚的にはジークもいない。既にホームシックになっていた俺は、紛らわすように肩にぶら下げていたポーチから元の世界の駄菓子を取り出して貪り始めた。その様子にジークが呆れ気味の笑みを作る。

「ユイスに没収されていなかったのか」
「ハンカチに包んで隠してた。あと大きい方にもいくつか忍ばせてる」

 ジークに向かって親指を立てれば、胸の前で手を合わせたアネリが目を輝かせて微笑む。

「流石ユーリ様。巧妙にカバーで隠した卑猥な絵本を本棚に忍ばせているだけありますね」
「ちょっと待てアネリ、何故知ってる」

 ロジに頼んで調達してもらった所謂抜き本は確かに本棚と同色の、こちらの世界のタイトルが書かれたカバーで覆った上奥深くに隠していたのだが。年頃の男が持っていない筈はないと部屋を漁る母親にも見つからなかったこの隠し方法をアネリは破ったというのか。

「ひ、卑猥な本!?なんだそれは、聞いてないぞ!」
「俺もなんのことかさっぱり」
「奥様、申し訳ないんだけどそのベタベタした手で首を撫でるのはやめてほしいかな…」

 詰め寄るジークに、誤魔化すように鳴らない空口笛を吹きながら明後日の方向を見ていたが、動揺のあまり手を拭かずにシャーロッテを撫でてしまいあからさまに嫌な顔をされる。
 もう触られるのは嫌だと言われたら俺の唯一の癒しもふもふが無くなってしまう。慌てて謝罪するとハンカチで優しく毛を拭っていく。
 横ではジークがまだ何か騒いでいるが、無視して俺はアネリに視線を向けた。

「これって人間が住んでる場所まで向かってるのか?」
「いえ、その前にユーリ様にはヨヌ川を見ていただこうかと。ヨヌ川はこの世界の中で最も水が澄んでいて空気も綺麗な、それは美しい場所なんですよ。人間の領地に近く観光地として栄えている町もあるので、今日はそこで一泊しようと考えております」
「あぁ、サーヴァの奥さんがいるっていう」

 前にチラッと会話してた内容を思い出して眉を顰める。観光に見せかけてやっぱり政務絡みじゃねぇか、面倒臭え。
 あからさまに嫌な顔を見せた俺にアネリは焦りの表情を浮かべながら言葉を続ける。

「でもサーヴァの奥様はシェルロという風と水の種族で、とても美しい毛並みをお持ちですよ」
「毛並み?」

 その言葉に反応しない俺ではない。もしかしてそれは、会えばもふもふチャンスがーー。

「ナルシアに手を出せば愛妻家のサーヴァが黙ってはおらんぞ」
「おい、それは目の前にもふもふがいるのに指一本触れられないということか」

 横からの声にジト目を向ければジークが困った表情を浮かべるので腹いせに脛を蹴ってやった。仕方ない、観賞用として我慢しておいてやる。確かにサーヴァにネチネチ言われるのはごめんだ。とばっちりでジークが泣かされるのも面倒臭えし。
 出発からずっとシャーロッテの毛並みも堪能出来てることだしな。そう笑みを浮かべて視線を下ろすと、シャーロッテがぐったりと俺の体に体重を預けている。クンクンとか細い声をあげるので顔を覗き込むと、潤んだ瞳が返ってきた。

「奥様…」
「ん、なんだ?あと言おうと思ってたんだが奥様じゃなくて名前で呼んでくれ、会う奴には皆そう頼んでる」
「じゃあユーリ様」
「おう」
「さっきから、その、撫でてるとこ……一応、胸なんだよね」

 シャーロッテの言葉と同時に、シャーロッテの腹と俺の膝に挟まれていた手が勢い良く引き抜かれる。
 引き抜いたのは肩を震わせているジークだ。
 気まずい沈黙が流れる中、シャーロッテが口を開く。

「あの、別にユーリ様が撫でたいところならどこだっていいんだけど、私も女だしそんな触り方をされるとどうしても変な気持ちになっちゃうから……ほら、ジーク様だって隣にいるわけだし」
「あー、そうか。今までモフらせてもらってたの皆男だったから気付かなかった、悪い」
「ううううううう、う浮気か!?浮気なのか!?」
「いや浮気じゃねーしどう考えても事故だろ、事故」

 半泣きで詰め寄るジークに眉を顰めて離れながら俺は掴まれた手を振りほどこうとして、視界に入った自分の薬指の模様に首をかしげる。

「あれ?これ黒じゃなかったっけ」

 契約時は黒かった模様が青っぽい色に変わっているのを見て汚れたのだろうかと拭ってみたがどうやら違うようだ。
 ジークの薬指を見ると俺より少し赤みがかかったような紫色をしている。

「ユーリもようやく神王に認められてきたのだな」
「ん?あぁ」

 よく分からんが聞くのも面倒臭いので適当に相槌を打つ。窓にかざすと光って見える色が綺麗で、俺は暫くそのまま自分の薬指を眺めていた。



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(C)siwasu 2012.03.21


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