会長と危険なアレ10



「あー…なんだ、全然覚えてねぇけど悪かったなジーク」
「いや、私も興味本位で飲ませたのが悪かった……」

 治療も終わりリビングに移った俺たちは、ユイスの用意してくれた飲み物で身体を温めたところでやっとまともな会話をする余裕が出てきた。素直に頭を下げれば遠い目をして笑うジークに少し罪悪感が生まれる。
 しかしロジと俺の件に関しては事故だったことに納得してくれたようだ。ロジとジークの間で謎の連帯感が生まれていることにユイスは渋い顔をしているが。

「……お詫びに今日もしていいぞ?」
「い、いいい、いらぬ!暫くは十分だ!」

 正直自分が差し出せるものと言えば身体ぐらいしかないので、一回ぐらいならまぁ…と提案した言葉は引き攣った声に拒絶された。そんなにビビられると流石の俺でも普通に凹むぞ。
 しかし暫く夜の営みがないのは俺にとってはラッキーだ。折角だから休息させてもらおうとソファーに深く腰掛けたところで、ユイスが溜め息をついた。

「しかしその顔では暫く表に立てませんね…」
「ぱぱーっと魔法的なので治せねえのか?」
「その辺り意外とややこしいんだよね〜。この世界で治せるのは悪意や負がこめられた傷だけで、自分で転んだ傷や事故は治せないんだよ〜」
「まぁこの怪我は悪意もないので事故みたいなものですからね」
「事故……」

 そうか、俺が与えた傷や痣は事故になるのか。何か複雑だ。
 今は丁度スケジュール的に会談も多く、調整したとしても城の者にこの姿が見られるのも混乱を招く為なるべくなら避けたい状況である。
 どうすべきかと全員が顎に手を当てて考え込んだところで、ロジが閃いたように顔を上げて人差し指を立てた。

「そういえば二人とも新婚旅行まだじゃない?」
「新婚…」
「旅行…?」

 聞きなれない単語に首を傾げる俺たちに、ロジが大げさに手を広げる。

「結婚したらまずは新婚旅行でしょ!カイチョーもまだこの魔王城の敷地からほとんど出たことないんだし、魔王様の見た目がある程度戻るまでのんびり二人で旅行すればどうかな〜って」
「あぁ、そうか。一応夫婦だったな俺たち。なんか忘れてた」
「ユーリ!?」

 ジークの悲しげな声は聞こえないふりをした。
 そうか、そういえば確かにロジと城の周辺にある森を散歩する程度で、この世界のことはまだ全然知らない。この世界にいる人間も見てみたいし、折角なら旅行で羽を伸ばしたいという欲がむくむくとわいて来た。

「確かにそれなら不在の名目も立ちますし、傷もちょうど旅行の間に治るでしょう」
「変装すればまさか顔に痣付いた奴が魔王様だなんて思わないだろうしね〜」
「うむ。それならついでに人間のいる孤児院の様子を見に行きたいぞ」

 最後のジークの言葉はユイスの怒りを買ったようだが俺は知らないふりをしておこう。ガミガミと説教されているジークを視界に入れないようにロジの方を向く。

「でもカナメと会う時以外周り皆人間じゃねえもんな…どうせなら人間のいる領土ってのも見てみてーかも」
「ナイスアイディアでしょ〜。あと俺は人間に含まれないのね」
「なんかお前最近虎の姿のほうがしっくりくるからな。会計の姿だと逆に違和感あるわ」

 そう言ったら何故か照れられたのは、やっぱり虎の方が本当の姿だからなのだろうか。
 ユイスの説教も終わり、本格的に新婚旅行のスケジュールが立てられ始めたところで本当に行けるのかと実感がわいてくる。俺はまだ見ぬ場所に心を躍らせながらピグモとアラモの毛ざわりを堪能していると、ユイスから「一応言っておきますけど」と半眼を向けられた。

「その二匹は連れて行けませんよ」
「何故だ!?」
「いや、一応今回の旅行は人間の領土をメインに考えてるからね、流石に完全な人の姿になれないこの子達は連れてけないよ〜」
「ぐ、ぐうぅぅぅぅぅ…」

 なんだと。ピグモとアラモも完全に連れて行くものだと思ってたし、ピグモの方は付いてくるつもりだったようで分かりやすくショックを受けている。

「そして魔王様が不在の場合私は城を出ることが出来ませんので、代わりに付き人が二名同行します」
「え、同行者がいるのかよ」
「……仮にも魔王とそのヨメが二人きりで旅行できるとでも思ってたのですか」

 確かに。忘れがちだがジークは魔王で、俺はそのヨメだ。
 あ、何だか楽しい旅行が一気に面倒臭そうな予感がしてきたぞ。

「どうせなら顔の傷が癒えた頃にこのルートを回ってワルシャ族に挨拶してきては」
「それならサーヴァ様の奥方がヨヌ川の別荘で今療養してるからお見舞いに〜」
「だったらついでにここの族長にユーリを会わせたいぞ」
「おいおいおいおいおい。新婚旅行なんだよな?新婚旅行なんだよな??」

 次々と提案されていくスケジュールはどれも政務に関わるものばかりにしか聞こえないのは気のせいだろうか。二匹を撫でていた手もいつの間にか止まり、三人の話に耳を傾けるが全く楽しそうな雰囲気がない。むしろどんどん真面目な顔になっている。
 やめろ、俺は旅行がしたいんだぞ。遊びたいんだぞ。
 後半の、ジークの傷が癒えた辺りのスケジュールがどんどんと詰められていくのを眺めながら、俺は大きく溜め息をついて全く楽しくない新婚旅行に想いを馳せた。
 そして肩を落としながら大きな溜め息を一つつく。
 あぁ、面倒臭ぇ…。



end.



←back  next→

>> index
(C)siwasu 2012.03.21


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -