会長と危険なアレ1



 青く澄み渡る空に生い茂る木々が心地いい風を運んでくる。…気がする。
 窓の外を見て微笑む俺は、丁度いい温度の紅茶を啜ってカップをソーサーに置いた。同時に慌しい音が聞こえたので無言で立ち上がるとテーブルの後ろにある大きな食器棚の下にある引き戸の中に潜り込む。いいタイミングで扉が乱暴に開かれた。

「ユーリはおるか!」

 怒鳴りながら使用人の待機室に入ってきたのはここの城主であり魔王であり俺の旦那でもあるジークだ。普段怒ったりしない分珍しい姿なのだが、ここ数日ずっとこの調子なのでいい加減慣れたし飽きてきた。いや、怒らせている張本人が言える事ではないが。
 待機中の行動は自由なのに立ったまま姿勢を崩さない使用人頭のカヴァロスは無作法に現れた自分の主人の姿を見て静かに一礼する。とりあえず俺は音を立てぬように息を潜めて、身を縮めるように折り曲げた膝を抱き込んだ。

「私は何も知らないことになっているようです」

 正直その返事には全くもって俺を匿う気もつもりも見られない。けれどこの答え、ジークには嘘をついたり騙したりするよりも効果があるようで毎回それを聞いて地団太を踏んでは

「また来る!」

 と、乱暴に扉を閉めて去っていくのだ。中から戸を押して出てきた俺は、半壊した扉が昨日よりはマシな姿になっていることを確認してそろそろほとぼりが冷めたかなあ、と溜息を吐く。

「もう戻られては?」
「だーよなあ、あんまり逃げてると泣きそうだしなぁ…ああ面倒臭ぇ」

 眉を潜めながら頭を掻いていると、後ろから「お手が、」と言いながらハンカチを差し出してくるカヴァロスは水と岩の種族で潤いのないかさついた肌と色が特徴的な亀のじいさんだ。この魔王城にいる使用人たちの長を務めているらしく、カナメがバラしたあの件以来この建物の中を逃げ回る俺に茶菓子をくれたり今回のように匿いはしないが庇ってくれたりする。いつも身の回りの世話をしてくれている内の一人なのだが、こんなこともなければ他愛無い会話をしたりお茶を淹れてもらったりと親密を深めることはなかっただろう。
 ずっとこの城の住人は人間である俺にあまりよくない感情を抱いているのかと思っていたのだが、どうやら立場の違いから使用人たちから俺に話しかけることは控えていたらしい。話しかけても戸惑ったように余所余所しいのでてっきり嫌われているものかと思っていた。
 カヴァロスからハンカチを受け取って隠れていた時についた手の汚れを拭いながら、俺はこれからどうしようかと考える。この数日逃げ回っていたおかげで隠れ場を提供してくれた使用人たちとも打ち解け、今ではこの建物以外にも気軽に出かけている。ただしその時は念の為ピグモとアラモを連れて行くように皆から言われているが。

「仕方ない、今夜あたり帰るか。そろそろユイスも煩いし」

 逃亡中の夜はユイスの部屋で寝泊りさせてもらっていたのだが、いい加減出て行けと夜更けまで小言を聞かされるので俺も限界が来ている。初日なんかカナメの発言について詳しく説明させられたりしたのに理由が分かった途端邪魔者扱いだもんな、というかあれ以来ロジを見てないのだがあいつだけずるくねぇか?次会った時尻尾の毛を抜いてやる。
 テーブルに出されたままだった焼き菓子を一つ口に放り込んで俺はでもなあ、と眉根を寄せて思案する。どうにかしてジークの怒りを鎮めつつ今回の件を許して…いや、忘れてはくれないものだろうか。正直自分でもあれは大失態だと思っているんだ、全く覚えてないが。朝起きた時のロジの反応と自分の身の違和感に何となくそうなのか、と察しはしたが言及するのが面倒くさくて特に初体験のことは聞いていない。とりあえず俺が悪いらしいということはロジの訴えというか愚痴を聞いて理解したのだが、そもそもあの日の前後は全体的に記憶がぼんやりしててどうも実感やら申し訳ない気持ちが沸いてこないのだ。
 だからジークにあんなに怒られても俺にはなかなか罪責感が生まれてこないわけで。

「ちなみにユーリ様」
「ん?」
「ジーク様のこの数日のお怒りは怒りではなく、ユーリ様が帰ってこないので泣きそうだけど泣いたら余計帰ってきてくれないと思うから涙を我慢する為に気を強く保ってる状態なのだと聞いております」

 よし、帰るか。



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(C)siwasu 2012.03.21


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