ピグモとアラモのプチ冒険7 どれぐらい歩いただろう。最初は僕の手を引っ張ってくれていた兄さんだったが、今は僕が兄さんを引っ張りながら進んでいる。時折聞こえる腹の音に続くように僕もお腹が鳴り出して、思わずお腹をさすった。 さっきまでは木々の間から差し込んでいた光も今はもうなく、薄暗い風景に気分まで落ち込んできて、それを拭うように立ち止まると兄さんの方を振り返る。 [兄さん、こっちで大丈夫?] [んー…ん、そこの苔が生えてる木を右に曲がるんだぞ…] 道がさっぱり分からない僕にとって頼れるのは兄さんだけだ。その兄さんも今はお腹が減ってすっかり歩む速度が落ちている。それでも鼻を動かして分かるだけマシかもしれない。 よく考えてみれば、走ることに長けているラゴーブルに続いていたのは人型の僕だ。今はその時より小さくなっているため勿論行きと帰りではリーチの差がある。おまけに二人ともお腹をすかせて余計速度は落ちている。 日が完全に暮れてしまう前にせめて庭園の方につかなければ、と焦りながら僕は兄さんの言う通りに進んでいった。 [だぁー!!もう無理!お腹減った!!] 暫く沈黙が続いていたが、痺れを切らしたように兄さんが叫んで座り込んだ。 [兄さん、あんまりたらたらしてたら日が暮れて余計帰れなくなるよ。それに森の中だから夜は魔物が出てもおかしくないんだし…] てこでも動かない兄さんを宥めるように、僕は一緒に座り込んで顔を覗き込む。 すっかり元気をなくした兄さんは、そんな僕の様子に気付かないのか項垂れて[部屋から出なきゃ良かった]と呟いた。その言葉に少しながら心で同意してた僕も落ち込んでしまって俯く。 後悔しても遅いのは仕方ないが、周りはどんどんと暗くなっていくし、お腹は減るし、寂しいしで僕は思わず目尻に涙を溜めた。 [僕だって、もうお家、帰りたいよ…] 言ってから零れた涙は止まらなくて、ポロポロと泣きながら帰りたいと繰り返した。兄さんは泣く元気もないのか、項垂れた状態のまま動かない。 [ゆ、ユーリ、ユーリ…] 僕は大好きなユーリを思い出して泣く。その間にすっかり暗くなった空からホゥホゥ、とトカゲフクロウの鳴き声が聞こえてきた。これからどうしよう。二人して泣き疲れてぐったりとしながら考えていると、近くからガサガサと物音が聞こえてきて僕はビクリと体を揺らした。 夜は気性の荒い魔物が多い。どんどん距離が近付いてくる音にビクビクとしながら兄さんに近付くと、兄さんは僕の体を守るように抱き締めた。 [いいか、弟よ。俺が飛び掛かったらすぐに逃げるんだぞ!] こっそり耳元でそう言い出した兄さんに、僕はえ、と目を丸くする。そして制止の言葉をかける間もなく、木の向こう側から現れた人影に勢い良く飛びついた。 [おりゃあぁぁぁぁぁ!!!今だぞ弟よー!!…っへぶっ] が、それは失敗に終わった。 現れた人影がペシリと兄さんを前足ではたいたからだ。 「やっと見つけたかと思えば…何するんだ」 [あ、ヴォルフラム…!] 現れたのは昼間一緒にいたヴォルフラムだった。 慌てて飛び起きた兄さんもその姿を見て安心したのか、へたりとその場に崩れ落ちる。僕も安心して、腰が抜けたのか起こしていた体を地面に落とした。 「ガキ共が手ぶらで帰ってくるからおかしいと思ったらやっぱりこれだ。あいつら帰ったら絞らねぇと…」 そうブツブツと呟くヴォルフラムは、どうやらはぐれた僕たちを心配して探しにきてくれたようだ。足元の兄さんを口でくわえて器用に背中に乗せると、僕の方を見て屈み込む。 「お前等の主人が心配してる。送るから乗れ」 [は、はい] それに従って僕も背中に乗って掴まると、ヴォルフラムは風を切るように走り出した。 そこでようやく帰れるんだ、という実感がわいた僕と兄さんは、顔を見合わせてギュッと抱きしめあった。良かった、お家に、ユーリの所に戻れるんだ。 「クリエ、結局見つかったのか?」 [い、いえ、それが途中で子供達とはぐれちゃったから…] 「あいつらはなから案内する気なかったな…」 [え?] 「首の小袋、開けてみろ」 言われて、ヴォルフラムの首にかけてある小袋をとって中を覗いてみた。 [あ!クリエだ!] 「てっきりいると思ったら誰もいなかったからな。一応取っておいた。袋ごと持っていけ」 [あ、ありがとうございます…!] しかも下の方にはまるで隠してるかのようにマルロの実まで入っている。僕は感謝の言葉と共にギュッとヴォルフラムの背中に抱きついた。 ら、驚いたのか体勢が崩れて転びそうになっていた。す、すみません…。 「ほら、着いたぞ」 迷っていたのが嘘のように、気付けばユーリのいるバラスまで戻ってきていた。 入り口の周りには門番さんの他に給仕さん達や執事さん、カエルのおじさんに農夫さんまでいる。も、もしかして僕たちを待っていてくれたのだろうか…。 慌ててヴォルフラムの背から飛び降りて皆の所に近付くと、僕たちに気付いて安堵の息が聞こえてきた。 「ピグモくん、アラモくん…!」 僕はヴォルフラムから貰ったクリエを食べて尻尾を噛み人型になると、頭を下げて大きく謝罪する。 「すみませんでした…!!」 「いやいや、無事で良かったよ」 「男の子は大人を心配させるのが仕事みたいなものだからね」 「うぅ…すみません…」 まさかこれでも成人して巣を追い出されてる身なんですとも言えずに、僕は恥ずかしさに赤面した。 「お腹減ってるでしょう?後で温かいスープを持っていくから先にほら、ユーリ様の所に」 「執務が終わって部屋に戻ったらいないって大騒ぎしてたよ」 「というか暴れて…」 そう怯えたように言う皆に僕は次に顔を青ざめて兄さんを見た。同じように焦っている。そうだ、ユーリには何も言わずに出ていったんだ。いなくなって心配するのは当たり前だろう。 僕は兄さんを抱えると皆にもう一度お礼を言って、バラスの中に入っていった。途中ヴォルフラムにも、と振り返ったがさっきまでいた場所に彼はおらず、おそらく元の庭園に戻ったのだろう。また落ち着いたらお礼を言いに行こうと決めて、僕は廊下を進むと給仕さん達のリビングの部屋の向こうに見える階段を登った。 [今日はやれやれだったぞ] 「そうだね、でも本当帰ってこれて良かった」 疲れてきたのか、二人してアクビをしながら少し早めに階段を駆け上がる。 三階につけば夜も遅いせいか廊下には僅かな照明しかなくて、でもその中に部屋の隙間から零れる別の光があった。そこから聞こえる怒鳴り声と狼狽えたような掠れ声に僕たちはつい舌を出す。 「…終わり良ければ、って訳じゃないけど、大変だったけど、ちょっと楽しかったね」 [な!] 「またあちこち行きたいね」 [次はちゃんとユーリに言うんだぞ!] そう話しながら、僕たちはゆっくりと賑やかな部屋の方に向かって進んでいく。そしてうっすらと開いた扉を覗いて、中の様子を伺うと目があった魔王様があ、と僕たちを指差した。 それに気付いたユーリが勢い良く近付いてくると扉を開いて問答無用で僕たち二人の頭に拳を下ろしてきた。 痛かったけど、兄さんと二人でユーリに飛びつくと元気良く「ただいま!」とちょっぴり泣きながら言えばユーリは、「ただいまじゃねーよ馬鹿野郎」とギュッと抱きしめ返してくれたのが嬉しくて、僕たちはあんなに森で泣いたというのにまた、わんわんと子供みたいに泣いてしまったのだった。 色々あったけど楽しかった僕たちの小さな冒険は、そのまま泣き疲れてユーリの腕の中で眠ってしまった所で、おしまい。 ピグモとアラモの プチ 冒険 終わり! >> index (C)siwasu 2012.03.21 |