ピグモとアラモのプチ冒険5 「あれ…なんか変な所きちゃったよ、兄さん」 庭園自体はすぐにたどり着いたものの、そこから綺麗に刈り込まれた草木によって複雑な迷路のようになっている道が僕たちを迷わせた。 肩に視線を向けると、兄さんは何やら目を細めて道を見ている。人型になるのは苦手だが僕よりもオーラを見ることに優れている兄さんは暫くして「右だ!」と叫んだので僕は言われるままに足を進めた。 「兄さん何で残滓まで見えるの?僕さっぱり分からないんだけど」 [それは俺様がお前の兄だからだ!] 「…うん、自分でもよく分かってないんだね」 さっきの犬が通った道を指示する兄さんに呆れと尊敬を含ませながらメイドさん達から貰ったクッキーを頬張っていると、暫くして開けた空間が現れた。 その広場みたいな所はさっきみたいな大きい犬が何匹も寛いでいて、僕は少し怯えつつも兄さんに急かされて近寄っていく。 そんな僕等に気付いた、一番近い場所にいた犬が立ち上がり喉を鳴らして睨みつけてきた。同時に他の犬も立ち上がり、沢山の目に見つめられた僕は思わず息を呑む。 その犬達は先程見た犬と姿形は同じだったが色が灰色ではなく黒に近いような、深い藍色をしていた。まるで夜が広がったようなその光景がさっきまで見ていたものとは別世界のようだった。 「あ、あの…」 [なっ、何だ何だお前等!] 「…ねぇダー、こいつらコーヴォルだ」 「おまけにメダル持ってる」 「城にコーヴォルいるなんて聞いたことないぞ」 それぞれが口を開く中僕の小さな声は相手に聞こえる筈もなかった。あ、とかう、とか口ごもりながら困っていると、さっきまで肩で大人しくしがみついていた兄さんが立ち上がり犬の群れに向かって偉そうに胸を張る。 僕は止めようとしたが、遅かったようだ。 [そうか、お前等が敵なんだな!なんかそれっぽいし!とりあえず俺様が皆やっつけてやるぞ!!] 「ちょ、兄さん…っ」 こんな大きくて怖そうな犬の集団に敵う筈ないでしょ…! そう焦っていると、急に大人しくなった犬の集団は突然塞きを切ったように笑い出した。 「ダー、俺達敵だって!」 「こいつら本当に城のやつか?」 「え、えーっと…僕アラモといってユーリの…」 「あ、分かった。魔王様のヨメのペットだ」 何とか話を聞いて貰えたようで僕はホッと息を吐いた。先程まで暗い色を見せていたオーラも僅かに安心した暖色に変わっていく。 そして先程から犬の群れ皆が「ダー」と呼ぶ方にいる犬に視線を移した。どうやらダーという犬は群れのボスらしい。他と比べ二回りも大きく威圧感のあるその存在に尻込みしながらも、僕は礼をして恐る恐る近づいていった。 …兄さんはさっきから他の犬達にからかわれ口喧嘩してるので放っておこう。 「はじめまして、アラモといいます。えっと、こっちが兄さんの…ピグモです」 [いい度胸だお前等!この俺様がけちょんけちょんにしてやるっ!] 「………すみません」 完全に後ろにいる犬に向かって喚いている兄さんを横目に僕は肩を落としながらダーに謝罪した。 「気にしなくて、いい。」 ダーさんは座りこんだままの姿勢で、ゆったりと低く小さい声で話し出す。 聞こえにくかったので少し近付いたらのそりと体を動かし腹部に円のような空間をあけてくれたのでそこに足を踏み入れ促されるまま座った。 「それより、よくあの庭を抜けた、な」 「え、と…灰色の犬のオーラを兄さんが追ってくれて…」 「あぁ、ダーウィンか」 言って、ダーさんは目を後ろに寄せる。そこにはさっきの灰色の犬が子供の犬たちに農夫さんから貰った実を分け与えていた。 「はい、その…実はダーさん達が何故僕たちコーヴォル…」 「違う」 「え?」 「それはあくまで位の名だ、よ。儂はラゴーブルの長、ヴィルデモンド。さんは、いらん。ヴィルデモンドで、いい」 そう言って目を細めるダーさん―――ヴィルデモンドに僕は分かりましたという意味で感謝の頭を下げた。 聞いた所、ダーは群れの長でダーウィンはそれを継ぐ息子達の総称らしい。 じゃああの灰色の犬の名前は何と言うのだろうと視線をそちらに動かしていると、肩で何度もラゴーブルと呟いていた兄さんがハッとしたように僕の顔を叩いてきた。 [そうか!そうだ!ラゴーブルだ!] 「兄さん知ってるの?」 [じっちゃんから聞いたことがあるぞ!闇と音の種族で、唯一全ての種族の声を聞き取ることが出来るって!] 「そっか、だから僕たちの声も聞けるんだ…」 親なしの僕たちを成人するまで育ててくれたコーヴォルのおじいちゃんを思い出して懐かしさに目を細める。 成人した途端追い出されてしまったけど、元気にしているだろうか。 [でも元々は北の国に住む種族だからこんな所にはいない筈だぞ?] あれ、と不思議そうに首を傾げる兄さんに言われてみればそんな話を聞いたことがあるとヴィルデモンドを見つめると、彼は少し面白そうに笑って頷いた。 「北の国の魔王様である、シュトルハイム様が、ジークハルド様の、100の誕生日に、儂等を贈ったのだ、よ」 そういえば魔王様同士の贈り物としてよく種族を交換するって話は聞いたことがある。昔、僕たちコーヴォルもそれで半分は南の魔王様に贈られたと聞く。 お互い贈られた種族は魔王様が客人として手厚いもてなしと時には仕事を与えられるらしく古くからの習慣にもなっているとか。 どうやらラゴーブルは一番涼しい気候の庭園をもらい、裏門の番犬代わりをしているらしい。たまに裏門を出て広がる山の偵察もしていると聞いて、魔王様のお城は本当に「城」として機能しているんだとしみじみ思った。 今は人間とも友好的な関係を築いているけど、やっぱりこういう体制はしっかりとしているんだなぁ… 「ダー、何と喋ってんだ」 それから僕はヴィルデモンドの色んな話を聞いていると、灰色の犬―――ダーウィンが僕たちに近寄ってきた。 ちなみに難しい話が苦手な兄さんは話が通じるのをいいことに少し前に群れの子供たちの所に突撃している。玩具にされることが分かってて突っ掛かっていける兄さんが羨ましいけど真似しようとは到底思えない。 ダーウィンはヴィルデモンドの背中から僕を覗き込むと、目を丸くさせて子供たちの群れを見て溜め息を吐いた。 「通りでさっきからガキ共がうるせーと…」 「あ、あの…さっきは兄さんがすみませんでした。僕はピグモです」 「…ヴォルフラムだ。さんはいらない」 頭を下げて遅れた自己紹介をすると、ダーウィン―――ヴォルフラムは鼻をすんと鳴らして名乗ってくれた。 機嫌が悪そうな表情に僕は少したじろいでしまう。何か悪いことをしたのだろうか。 「相変わらずお前は小さいものに素直じゃない、な」 「うっせーよジジィ」 笑うヴィルデモンドにヴォルフラムが罰悪そうに視線を逸らした。 うろたえる僕に、ヴィルデモンドは「本当は小さいものが大好きなんだ」とウインクした。そういえばさっき子供たちの群れに囲まれていたっけ。 それからヴォルフラムはヴィルデモンドの近くに腰掛け頭を下げると瞼を閉じた。そんな様子をヴィルデモンドは目を細めてみると、僕にまた面白い話を聞かせてくれる。 まるでおじいちゃんと過ごしてた時のようなのどかな空間の心地好さに、僕は落ち着いた気分になりながらその場を穏やかに過ごして…。 [おい、弟よ!] いられる訳、ないか。 突然顔に張り付いてきた兄さんを呆れながら引きはがすと、輝いた大きな目が視界に飛び込んできた。 [裏山にクリエがあるらしいぞ!] 「え、クリエ?」 クリエと言えば僕らコーヴォルのおやつのようなものだ。 他の種族にはただの花にしかならないが、その花からとれる蜜がコーヴォルの魔力を増幅させてくれるのでコーヴォルは基本的にクリエのある地にしか穴ぐらを作らなかった。 [クリエがあれば俺様も人になれる!] 「確かに…あるならちょっと持ってた方が便利かもね。あ、でもクリエがあるなら他のコーヴォルの縄張りもあるかもしれない」 「大丈夫だよ、裏山にコーヴォルは住んでないから!」 そう言って近寄ってきたのはさっきまで兄さんと遊んでくれていた子供たちだ。 さっきまで子犬の姿をしていた筈だが、今は小さな人間の子供の姿をしている。といっても顔や耳、尻尾などは半分犬のままだけど。 [こいつら俺様が人型になれないのをからかってくるんだ!] 「だってピグモって成人してるのに人型になれないとか出来損ないじゃん」 [ほら聞いたか!?これは何としてでもクリエをとって俺様の威厳をだな…!] 「あー…成る程」 兄さんはどうやら子供に負けたのが悔しいらしい。このままだと兄さんが駄々をこねだすのは目に見えている。 僕はヴィルデモンドに礼を言って頭を下げると立ち上がった。 「すみません、そういう訳でちょっと行ってきます」 「裏山は、さっきヴォルフラムたち若いのが回ったから安全だろうが…気をつけ、なさい」 「はい」 僕は兄さんを肩に乗せると「こっちだよ」と手を引く子供たちについて裏門の方に進む。 振り向いてヴォルフラムを見たが座り込んだ姿勢のまま耳をピクピクと動かすだけで瞼は下りたままだ。 出来たらヴォルフラムとも話してみたかったと少し後ろ髪引かれる思いで、けれど兄さんに急かされて僕は足を早めた。 今思えば気付けば良かったんだ。 僕を引っ張る子供たちが意地悪そうに笑っていた、その表情に。 ピグモとアラモの プチ 冒険 第4話に続く! >> index (C)siwasu 2012.03.21 |